加藤ローサさんの離婚報道に思うこと
同世代のローサさんに重なった私の結婚と出産
私も加藤ローサさんの離婚報道を目にして、激しく共感!って思った1人です。
私の話をしますと、私はローサさんと同い年で、同じ年に結婚しました。そして2011年に第一子、2014年に第二子を出産しています。あまりの共通点に驚きつつも、記事を読みながら「私も同じ気持ちだった」と思わず頷いていました。私自身、第二子を出産したあたりから「妻でいること」が辛くなっていったのです。
「24時間、妻でいなければならない」という呪縛
法律上「妻」であるという事実は、私にとって「24時間、妻でいなければならない」という心理的な重圧になっていました。
一方で夫は「夫」であることに何のプレッシャーも感じていないようでした。結婚前も結婚後も、子どもが生まれても、何も変わらず「自分」を生きる夫。そんな姿が羨ましくもあり、憎らしくもありました。
「どうして私だけが“妻”であろうと悩み、苦しみ続けなければならないのか」──そんな思いが、日々積み重なっていきました。
小さな失敗に✖️をつけ続けた日々
私は出産のたびに自分のキャリアを中断して、常に家庭を優先してきました。
それなのに夫からはねぎらいや感謝の言葉はなく、マイペースに仕事をして、帰宅すれば好きな動画や本に没頭→リビングでリラックスして眠る。
私は「温かい家庭をつくるのが妻の責務だ」と思い込んでいました。だから、夕飯の食器洗いができなかった夜や、洗濯物を畳めなかった日、靴を揃えられなかった時…。どんな小さなことでも「妻失格」「母親失格」と自分に×をつけていました。
社会的に「妻である」という事実が、私にとって自己否定の要因になっていたのです。
夫の寝顔を見て幸せだなんて思えなかった
不思議なことに、母親としての自分を嫌になったことはありませんでした。子どもとのつながりには絶対的な信頼と安心がありましたから。
子どもの寝顔を見て「この子たちのお母さんでいられて幸せだな」と心から思えました。
けれど夫の寝顔を見ても、「この人の妻で幸せだな」とは一度も思えませんでした。むしろ「自分のことだけやって寝られて、さぞ幸せでしょうね」と冷めた目で見ていました。
リビングで悠々自適に寝る夫に「もう耐えられない」
元夫はコロナ禍で不倫をしました。
離婚を切り出す前も、切り出した後でさえも、彼は変わらずマイペースな生活を続けていました。相手女性に会ってから、自宅に遅くに帰ってきて、リビングで動画観ながら寝ている。その姿を見て「あと何回子どもたちと過ごせるかもわからないのに、よく平然としていられるな」と思ったのを覚えています。
ある朝、私は家事の手を止め、リビングで寝ている夫を揺り動かして、無理やり起こしました。そして、衝動的にこう伝えました。
「もう耐えられない。不倫相手と再婚していいよ。だから家を出ていってほしい。私がもう無理です」と。
あの瞬間、私の中で「妻」としての演技を続けることは完全に終わったのです。
夫ではなくても、パパでいてほしいという選択はある
私の場合は不倫という決定的な出来事がありましたが、仮にそれがなければ、子どもたちにとっての“よきパパ”としての役割は続けてもらっていただろうなぁと思います。
だからこそ、加藤ローサさんが、「籍を外して夫としての役割は外れても、パパとしての役割は続けてもらう」という選択をしたことに、とても共感しました。
きっと日本中の多くの女性が、ローサさんに心を重ねたと思います。
「夫の寝顔を見たときに腹が立った経験のある女性たち」──そこに、共通の思いがあるのではないでしょうか。
変わらず可愛い加藤ローラさん‥♡
これからはローラさん自身がありのままで軽やかに生きられる世界で、生き生きと輝く姿がたくさんみられるのを視聴者として楽しみにしています😌💞
よきパートナーシップを維持したい全ての男性に伝えたいこと
さて。最後に、男性にぜひ伝えたいことがあります。
女性の繊細さや我慢強さは、理解しようとしてもすべては分からないかもしれません。分からないままでいいのです。
大切なのは、ただ一言伝えること。
「いつも頑張ってくれてありがとう。我慢させてごめんね。愛しているよ。」
エアコンの仕組みを知らなくてもエアコンを快適に使っているように、女性の心を完全に理解しきれなくても、労いの言葉と抱擁があれば十分なのです。
女性は強いからこそ、変わらない男性を見限り、ポイっと手放してしまうことだってできます。だからこそ、どうか今そばにいる女性を、大切にしてくださいね💝
Dear You💌
あなたは大切な人に、最後に“ありがとう”や“愛しているよ”と伝えたのは、いつですか?
