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夏休みの殺し屋 4話:ペットボトル

朝、目を覚ましたら、家の中がやけに静かだった。
「お父さんは?」って聞いたら、台所にいたお母さんが答えた。
「もう出かけたわよ。氷の仕入れ」
「あー……」
しまった。ぼくも行きたかったのに。前から約束していたのに。夏休みの朝って、つい気持ちよくて寝坊しちゃうんだよな。ま、寝坊も夏休みの醍醐味ってやつだ。

トーストをかじっていたら、妹の結衣が麦わら帽子をかぶって、お母さんの足にしがみついた。
「海、いくー」
「そうね、行こうか。航太もいっしょにどう?」
「うん!」

それでぼくらは浜辺に出た。
白い砂が足の指の間にサラサラと入り込む。波打ち際は少し冷たくて、気持ちいい。結衣はもう裸足でぴょんぴょん。お母さんは日傘をさして笑った。

「航太、私は飲み物を買ってくるわ。結衣を見ててちょうだいね。海には入らないで」
「はーい!」

ぼくは砂を積み上げてお城をつくり、結衣は貝殻を窓みたいに差し込む。二人で夢中になっていたら、影がすっと伸びてきた。
顔を上げると、制服姿の人が立っていた。

「やあ、航太くん、結衣ちゃん」
「こんにちは!」

守田巡査だった。町の駐在所のおまわりさん。
いつもニコニコしてるけど、背は高くて声が大きいから、ちょっと怖い。
「お父さんは仕事かい?」
「はい。氷の仕入れに行きました」
「そうか……」

守田さんが何か聞こうとしたとき、後ろからやさしい声がした。
「守田さん、こんにちは」

振り返ると、お母さんが日傘を差しながら戻ってきた。手には冷たいペットボトルのお茶。
「あ、和香さん……こんにちは」
守田さんは、照れ笑いを浮かべて少し小さく頭をかいた。
お母さんは町一番の美人だから、大人の男の人はだいたいこうなる。
「暑いですね。パトロールお疲れさまです」
お母さんがが差し出したお茶を受け取ると、守田さんは「いや、ありがたい」と照れた声で立ち去った。
ぼくは砂のお城を守りながら、心の中で思った。
「ぼくのお母さんってやっぱり綺麗だなあ」

夕方、店へ行くと、お父さんはもう戻っていた。
大きな段ボールをゴトッと下ろして、中から氷を取り出している。
「おかえり、お父さん! 氷いっぱい持ってきたの?」
「おう」

お父さんはその段ボールの奥から、ペットボトルを一本取り出した。透明だけど、中身は少し白く濁っていて、冷たい水滴が表面にびっしり。
「航太、これを守田巡査に届けてくれ」
「えっ、ぼくが?」
「ああ。チャリで駐在所までだ。すぐだ」

ぼくは受け取った。キンと冷えていて、まるで氷を抱えてるみたいだ。ラベルもない。
「これ、なに?」
「……特製ドリンクだ」
「へえ。スポーツドリンク?」
「まあ、そんなとこだ」

お父さんは笑わなかった。その横顔には、ちょっとした謎めいた緊張が漂っていた。
僕は、父の特製ドリンクを手に、胸がドキドキしたままチャリをこいだ。

駐在所へ着くと、守田巡査はいなかった。机の上に、サンドイッチの箱が置いてある。袋には竹中喫茶店のロゴ。
「あれ、もしかして隼人くんが配達に来たのかな?」
近くにいるかなとそわそわして、机の上にペットボトルを置いて隼人くんを探しに行った。

次の日、友だちの亮太と菜穂と自由研究に使う貝を拾いに行った。潮の匂いと、砂に埋まったカニの足。夏だなあ。

帰りに駐在所の前を通ると、知らないお巡りさんがいた。お腹が少し出てて、帽子がずれている。頼りなさそうで、なんだかおかしい。
「守田さんは?」って聞いたら、
「いやー、しばらくいないんだ」って笑ってた。

「え? 転勤したのかな? 別の交番に行ったのかな?」
頭の中に昨日のペットボトルが浮かんだ。
「もしかして……お父さんのドリンクで、頭が良くなって偉くなって、引っ越したのかも?」

ぼくは、貝が入ったバケツを抱えて店に向かった。
戸を開けると、竹中マスターが父さんにぶっ厚い封筒を渡していた。
お父さんはそれを受け取り、僕に言った。
「航太、お母さんに持って帰れ」
「はーい!」
竹中マスターは僕をじっと見て笑った。
その目は、何かを考えているようで、でも言葉には出さない。
ぼくは少しドキドキしながら、封筒を握って、バケツと一緒に走って家に帰り、お母さんに渡した。
「お父さんからだよ」
「ありがとう、航太」
お母さんはちょっとびっくりした顔をしたけど、すぐにやさしく笑った。

その夜、ぼくは昨日、書き忘れた日記を書いた。

「今日は海で結衣と砂のお城を作った。お母さんはやっぱり町で一番きれいだと思う。お父さんから頼まれて、ペットボトルをおまわりさんに届けた。たぶん頭が良くなるドリンクだ。だって、守田さん、転勤しちゃったんだもん。すごいなあ。ぼくもお父さんみたいに、かき氷だけじゃなくてドリンクも作れるようになりたい。」

ふっと思った。
今日もぶっ厚い封筒だったなあ……かき氷屋さんを引き継げば、勉強なんてがんばらなくてもいいのかもしれない。

窓の外では、早めに咲いた朝顔が、暗がりの中で小さな花をひらきかけていた。
あと少しで終わる夏休みの空は少しずつ早く暗くなってきた。


※この作品はフィクションです。登場する人物・団体・出来事はすべて架空のものであり、実際のものとは関係ありません。

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