ヒトカケラずつ、出逢ったタマシイ 第七話
雪解け
40年間抱えてきた「会いたい」という想いは、
ある種の執着だったかもしれない。
ゼロになったのは、ひょっとしたらその執着を持った
「過去の自分」が「救われた」から、かもしれない。
40年前の雪の日のあの人は、今、
目の前で笑って話す石原さんの中に溶け込んでいる。
私は過去の答え合わせが完璧に終わった瞬間なのだと思えた。
もう、記憶の中の彼を追いかける必要がなくなったのだ。
そしてそれを認識するかのように心に広がった「ゼロ」。
しかしそれは、虚無ではなく、
まるで、新しい契約書がサインを待っているかのような
『余白』なのではないかと思えた。
私は遠い銀河にある透明な箱を、魂と一緒に見ながら、
別の淡いベールがその映像を包みあげ、
新たな物語がスタートする感覚を覚えた。
石原さんが語る仕事の展望や未来の話は、
記憶の答え合わせではなく、現実だったが、
なぜかこれから二人で、その現実で同じ目的に向き合い、
同じ方向を向いて「仕事」が開始されるような予感がした。
それは不思議と、深い呼吸を共にするような安堵感だった。
原状回復
魂が銀河や前世に漂っているような静寂な中に私はいたのに、
そんな私を目の前にして石原さんは、お菓子屋さんの仕事の話と、京都の美味しいものの話しかしなかった。
私がひっそり銀河系にぶっ飛んでるなんて、気がつく由もないだろうが
いや、ちょっとは察してもらえないかなっと思う私の気持ちをよそに
特に京都の美味しいものの話からの、ご自身が食されたであろう
全国の美味しいものについてへのプレゼンを受け、
なんやかんやお腹いっぱいになった。
そのおかげで、なんだか身体が地球の重力を感じてきて良かった気はしたけど。
さらに現実に引き戻したのは、部屋に充満していた『カレーの匂い』だった。 美味しいもの祭りのプレゼンでお腹いっぱいではあったが、カレーに気がついてしまって急にお腹は空きだすし、目の前の石原さんは食いしん坊な話しかしていないし
「カレー、作ったんですが、食べはりますか??」
これだけ匂いが漂っているのに、今さら『食べます?』っていけずっぽくない?と思いながら聞いてみると、石原さんは食い気味に
「えっっ!カレー!大好物です!いただきます!」
と、ほぼ即答。ちょっと嬉しくなって私も調子が戻ってきた。
空振り1球目
午前中に巻き散らかした、数多くの妄想自己会話の伏線回収のために
「ビーフカレーなんですが、カレーは何派ですか?笑」
と聞いてみたら
「カレーに何派とかあるんですか?」
と、至って普通の人の返事に、若干スコンとなった感があったが
ああすみません、私しかわからない返しを期待しすぎでした。
「あ、いえ、私はチキンカレーも好きなんです」と言って、
無事、気持ちの不時着を防ぐに成功した。
冷静を保ちながら、ランチョンマットを敷いて、カレーを並べる。
「・・・!?美味しい!!めちゃめちゃ美味しいです!!」
なんと、石原さんはカレーを口に運ぶたび、そう言って食べてくれた。
何回も何回も。
こんなに美味しいと言って食べてもらったのは、
子供たちがまだ家にいた頃以降、10数年ぶりだったので、
ものすごく嬉しくて、新鮮で、気がつくと私は笑顔で
石原さんの気持ちいい食べっぷりを見ていた。
「おかわり・・・されます??」
「します」
「されます?」と被るくらいやはり食い気味に、照れるくらい真っ直ぐな瞳で見られた。
これが肉じゃがだったら、どんな食べ方だったんだろうと、やっぱり作ってみようと思った。
空振り2球目
「いやいや!!おいしいカレーご馳走様でした!」
おかわりもペロッと平らげた石原さんは、食後のコーヒーを手にしながら、思いもかけないことを話しはじめた。
「実は僕は韓国が大好きで、NetflixやAppleTVで映画やドラマばっかり見てるんですけどね、もしかして自分、韓国に住んでいたんじゃないかと思う時があるんですよ。ふと、山の中に居たような…」
はい、きました!40年前の雪の人、雪崩化。
多恵ちゃん目の前ホワイトアウト状態。
ゼロだ??銀河系だ??
なんなら、どこぞにとんでった透明なボックスが
降り注いで痛いくらいの衝撃波の中、
私は思い切って言ってみた。
「石原さん…私、石原さんに韓国で出会っていた事があるんです。信じて貰えないかもしれないんですが、もう一度会いたくてずっと探してた人だったんです..泣」
石原さんは、いつかの鹿みたいにキョトンとして
「韓国出張の時…….でしょうか…..?!?!」
違うわ!全然違うわ!それ最近のトピックな話しになるやん!とツッコミたい感情を抑えに抑え
「….いいえ、数百年前、かくかくしかじかでこうなってああなって、〜中略〜、そいつらからお金を無理やり受け取らせられ、私が連れて行かれるのを茫然と見てたんです(強調)」
私たちの間に、初めて「沈黙」が流れた。
1-2分たち、石原さんは、下を向いていた顔をあげて
「……それは、まぁ、無い話でしょうね!僕覚えてないですしねぇ!ははは!」
覚えてへんわ!普通覚えてるわけないやつやねん!!
いや、今言うてたやん、どっか山の中で住んでたかもしれんっていうたよな?!それに、こう、絡まらん?!なんか、「….え、もしかして…」ってならん?!?!
「まぁ、いろんなことが歴史にも記されてますしね!またお話お聞かせください!」
それ、営業の人のクロージングになってる?
しかも私、なんやイタい人になってない?ほら、その眼差しな?
私は、雪崩が溶けてびちょびちょになり、ホワイトアウトのままで良かったくらい、ニコニコ笑顔で慈しみ深く私を見る石原さんと、目を合わせられなかった。
