吉本ばななさんのnoteから考える、文芸作家の収益モデルと出版不況
作家の経済的な厳しさが、にわかに注目を集めています。きっかけは家族をめぐる切実な内容を書いた、作家・吉本ばななさんが2026年6月に公開した有料noteでした。家族へ継続的に金銭援助を行ってきた結果、彼女ほど知名度のある作家が経済的な窮状に陥る様子が反響を呼んでいます。
ただし、このnote自体は「作家は食えない」という訴えではなく、収益は家族の治療費に充てる予定と伝えられています。とはいえこの一件は、活字で生計を立てる作家が置かれた厳しさを可視化する出来事になりました。
芥川賞作家である柳美里氏は次のようにXで書いています。
「印税のみで生活できる小説家は数えるほどしかいません。
わたしでも、時々、家の電気が止められる、電話が止められる、カードが止められる、という困窮状態に陥っています。」
https://twitter.com/yu_miri_0622/status/2063291034486874597
本稿では、作家の収益構造をデータで検討していきます。
「出版不況」は、分野によって濃淡がある
まず押さえておきたいのは、「出版業界全体が一律に沈んでいる」というイメージが、必ずしも正確ではないという点です。
出版科学研究所によると、2025年の出版市場、つまり紙と電子を合わせた出版物の推定販売金額は1兆5,462億円で、前年比1.6%減でした。4年連続のマイナスではあるものの、コロナ前の2019年とほぼ同規模を保っています。全体の数字だけを見れば、「緩やかな横ばい」とも読めます。
問題は内訳です。

紙の出版市場は9,647億円となり、統計上ついに1兆円を割り込みました。1996年のピーク時、紙の出版市場は約2兆6,500億円規模でした。そこから見ると、紙の市場は6割以上縮小したことになります。
もっとも、紙の書籍だけを見ると、2025年は5,939億円で、前年からほぼ横ばいでした。書籍市場は、雑誌に比べればまだ踏みとどまっている面があります。大きく崩れているのは雑誌です。2025年の紙の雑誌市場は3,708億円で、前年比10.0%減。週刊誌に限れば17.9%減と、かなり厳しい数字になっています。
一方、電子出版市場は5,815億円と伸び続けています。ただし、その中身はコミックに著しく偏っています。2025年の電子出版市場5,815億円のうち、電子コミックは5,273億円。実に9割超を電子コミックが占めています。紙と電子を合わせた出版市場を、コミック、コミック以外の書籍、コミック以外の雑誌に分け直しても、コミックは市場全体の約45%を占めるまでになっています。
つまり、いまの出版市場を強く支えているのは、電子コミックと人気IPです。紙の書籍は一部ベストセラーや教育系分野などに支えられて下げ止まる局面もありますが、文芸やノンフィクションを書く作家が、同じ恩恵を受けているとは限りません。「電子が伸びているから出版は大丈夫」という見立ては、活字の作家にとっては、かなり距離のある話だといえます。
文芸作家にとって、なぜ不利なのか
では、活字系の作家はどこで不利を被っているのでしょうか。理由は大きく二つあります。
一つは、印税の構造です。商業出版の印税率は10%が一つの目安とされます。柳美里氏は次のように試算しています。
「2年かけて小説を書いたとします。(わたしは6年かけてしまっている……)
ページ数や造本によって単価は異なりますが、
* 定価2200円
* 初版8000部
* 著者印税10%
ならば、 著者に入る印税は、
220円 × 8000部 = 176万円(源泉前)
になります。
2年間の取材費や資料代は、もちろん著者が捻出します。
この本を重版していければなんとか生活できるかもしれませんが、重版できないまま絶版になる本も(海外版含めて)多数あります。
そして、この初版8000部というのは、今の出版業界では多い方です。」
https://twitter.com/yu_miri_0622/status/2063303742036852859
もう一つは、本と読者が出会う場所、すなわち書店の減少です。

日本出版インフラセンターの書店マスタ管理センターによると、登録書店数は1998年度の2万4,237店から、2025年度には9,993店へと減りました。登録書店ベースではピーク時から6割近く減ったことになります。なお、この数字は海外店、スタンド、売店、複合店などを含む登録ベースの集計です。
書店経営そのものも厳しい状況にあります。日販の「書店経営指標2025年版」では、調査対象書店の営業利益率は0.4%にとどまっています。売上総利益率は28.5%ありますが、人件費や光熱費、物流コストを差し引くと、最終的な営業利益はほとんど残りません。まさに薄氷の経営です。
書店が減ることは、単なる販売チャネルの縮小にとどまりません。文芸書やエッセイは、平積みや棚差し、書店員の推薦、書評との連動によって、読者に「発見される」ジャンルです。店頭が縮めば、すでに知名度のある作家や強いIPは生き残りやすい一方、中堅・新人の作家ほど見つけてもらいにくくなります。市場の縮小は、作家間の格差を広げる方向に働きやすい。
雑誌の縮小が、静かに奪っているもの
文芸作家にとって、雑誌市場の縮小はとりわけ重い意味を持ちます。出版統計上の「雑誌市場」には、文芸誌だけでなく、週刊誌、月刊誌、ムック、コミックス単行本なども含まれるため、雑誌市場全体の縮小をそのまま文芸誌の縮小と同一視することはできません。
それでも、定期刊行物の市場が縮むことは、作家が連載、短編、エッセイ、書評、対談などを通じて読者と接点を持つ場が細ることを意味します。
文芸誌や週刊誌は、作家が継続的に原稿料を得る場でした。同時に、読者との接点を保ち、ファンを育てる場でもありました。さらに重要なのは、雑誌連載が単行本の「原稿のストック」を生む装置でもあったという点です。連載で書きためた原稿が、のちに一冊の本としてまとまる。この流れが、作家の制作と収入の両方を支えてきました。
その雑誌市場が大きく縮んでいます。連載の場が減れば、本になる前段階の原稿料が消え、読者との日常的な接点が細り、単行本の元手となるストックも積み上がりにくくなります。
一冊あたりの印税が下がっているうえに、その一冊を生み出すための土台までもが痩せている。これこそ、文芸作家を取り巻く二重の構造問題です。
直販は、救いになるのか
こうした状況で注目されるのが、noteのような直接課金の仕組みです。出版社や書店を介さず、読者に直接届けて対価を得るこの方法は、印税よりも作家の取り分が大きくなりえます。
noteの場合、有料記事では決済手段に応じた事務手数料が引かれたうえで、プラットフォーム利用料がかかります。たとえばクレジットカード決済なら、事務手数料は売上金額の5%、プラットフォーム利用料は事務手数料を差し引いた金額の10%です。1,000円の記事なら、サービス利用料は145円となります。
商業出版の印税率と比べると、読者に直接売れる場合の取り分は大きい。冒頭の吉本ばななさんの一件は、その効率の高さを鮮やかに示しました。
ただし、ここには明確な非対称性があります。直販が成立するのは、すでに知名度、ファン、発信力を備えた作家ほど有利だという点です。無名の書き手が、編集者の力も書店の棚も借りずに読者を集めるのは容易ではありません。
プラットフォームは作家を救う万能薬ではありません。むしろ、「もともと強い作家をさらに有利にする」装置として働く側面があります。
作家を育てる生態系が細っている
整理すると、こうなります。
「出版業界が消えつつある」のではなく、紙の文芸書、雑誌、リアル書店を前提にした作家の経済圏が縮小し、それとは別の場所である電子コミックと一部のIPビジネスが出版市場を支えています。
出版不況とは、単に本が売れなくなったという話ではありません。作家視点で見れば、書き手、編集者、雑誌、書店、読者の偶然の出会いがつくっていた「作家を育てる生態系」が細っているのです。
吉本ばなな氏のnoteが映し出したのは、一人の作家の経済事情にとどまらず、従来の作家の収益モデルが行き詰まり、生き残りのために転換を迫られていること。直接課金モデルがその脱出口にも見えますが、とくに新しい書き手にとってのハードルは高く、作家のサバイバルは以前よりも厳しくなった感があります。
〇追記
出版社や既存メディアを通さず、直接読者に文章やコンテンツを販売できるnoteでは実際、どのくらいの人がどれくらい稼げているのかについても記事をまとめました。合わせてご覧ください。
noteでの文章執筆を含む、個人が作成したコンテンツを直接お客さんに販売するクリエイターエコノミーの市場規模と最近の傾向についてもまとめたので、どうぞご覧ください。
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