夏の空手形
酷暑なんて古い言葉が新しい意味を持つんじゃないかって、そんな過酷な季節になったけど、それでも夏は好き。夏にはなにか夢があると言うか、いわゆるひと夏のなんちゃらとか、夏祭りに花火大会から真夏の夜の夢めいた乱痴気騒ぎまで、心沸き立つイメージに溢れている。でも、それはあくまでもイメージで幻で、せいぜい空手形に過ぎないってのも、みんな知ってる。なんか、夏ってのはテキトーな出鱈目出任せ出放題を吹き鳴らし、なけなしの有り金を巻き上げちゃスタコラサッサと消えるヒモ男みたいだ。哲学者のジジェクに言わせると、夏の幻ってのは人間が耐え難い「酷暑の現実」と向き合わずに、欲望し、社会の中で行動し、生きていくための無意識のシナリオなんだろうけど、彼が言うように「自分を支えている幻想がどのように機能しているかを理解し、その構造と向き合って」も、夏の暑さ、人間を苛む厳しさは量販店で配る紙団扇ほどもましにならない。まして「幻想を取り除いて真実を」つまり温度計や湿度計の数値を見るなんてのは、ほとんど自傷行為に等しい。だから、俺は夏の幻想を、遠くの花火をみるように愛する。あるいは、映画の菊次郎のように。




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