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第一章 11話 【完全実録小説】断罪の法廷、下された答え _12月の木枯らしと高すぎる塀の向こう側


 「二回目で出られるから」


 彼からの手紙にはそう記されていた。

私選弁護士を立てて、工面した費用で仮釈放の手続きを踏めば、この赤いレンガの迷獄から解放されるのだと。
彼は

「なんとか150万はこちらで用意する」

と約束してくれていた。

けれど、結局その約束が果たされることはなかった。
期待していなかったと言えば嘘になるが、どこかで

「やっぱりな」
と冷めている自分もいた。

期待は、裏切られた時の痛みを増幅させるだけだと、私はすでに知っていたから。

 一回目の公判のことは、驚くほど記憶にない。
ただ、二回目の判決の日、手錠と腰縄をつけられて向かった地方裁判所の入り口が、想像していたよりもずっと小さく見えたことだけを鮮明に覚えている。

護送車の中、小さな窓から流れ込む空気を吸い込んだ時、私は

「ああ、久しぶりに外の空気を吸えた」

と、身体の細胞が静かに目覚めていくようなような感覚を覚えた。
自由を奪われてからというもの、私の呼吸は常に、閉じられた空間に縛られていたのだ。


 いざ、法廷の重い扉が開く。

 そこには、ピーンと糸を張ったような、鋭い緊張感が充満していた。

誰かの咳払い一つさえ許されないような、完成された静寂。
私は、その空気が嫌いではなかった。
むしろ、自分の人生が天秤にかけられるその極限の緊張感に、どこか居心地の良さすら覚えていたのかもしれない。


 傍聴席に目をやると、母の硬い表情があった。
そして、数人の見知らぬ男性たちの姿。
女性看守に小声で尋ねると、司法を勉強しに来ている人々だという。
私の人生が、見ず知らずの誰かの「教材」にされる。
その事実にさえ、私は冷ややかな視線を向けた。


 証言台の前に立つ。
検察官が調書を読み上げ、裁判官がこちらに問いかけてくる。
けれど、その声が驚くほど届かない。
物理的に小さいのか、それとも法廷の静寂が音を吸い込んでいるのか。


「……もう一度、お願いします」


 事前に教わっていた通り、私は何度も聞き返した。
裁判官は嫌な顔一つせず、穏やかな口調で言葉を重ねる。
その話し方は、検察官のあの下劣な怒号とは対極にある、ひどく優しい印象だった。
 だが、その優しい口調で語られた言葉に、私の心は反射的に突き動かされた。


「今回、このようなことが起こってしまったのは、交際相手である〇〇が……」


 裁判官が、事件の背景を
「悪い男に唆された結果」
としてまとめようとした、その瞬間だった。


「違います」


 私は、静まり返った法廷で、はっきりと言い切った。
 周囲は私を、哀れな被害者として扱いたかったのだろうか。
そうすれば、司法の体面は保たれのるか。

けれど、私はそれを拒絶した。
薬に手を出し、この場所へ来ることを選んだのは、紛れもない私自身だ。
誰のせいでもない。
自分の過ちを他人のせいにして逃げることだけは、私のプライドが、私だけの「正義」が許さなかった。


 判決が読み上げられる。


「懲役一年六ヶ月、執行猶予三年に処する」


 難しい法的な言葉の羅列の果てに、その一節だけが鼓膜に刻まれた。

(執行猶予…)

つまり、私は今日、ここから帰れるのだ。

 終わってしまえば、どこかあっけない幕切れだった。

 手続きを終え、慣れ親しんだ(と言いたくもない)赤いレンガの建物を後にする。

 門を一歩踏み出した瞬間、頬をなでたのは、捕まったあの日の金木犀の香りではない、刺すような12月の木枯らしだった。
半袖で連行されたあの日から、季節はすっかり冬へと様変わりしていた。


 見上げる塀は、内側から見ていた時よりも、ずっと、ずっと高く見えた。

内側とは全く違う、騒がしくも冷淡な外の世界の空気に、私は一瞬だけ立ちすくんだ。
 迎えに来ていた母。
その隣に並び、私は自由という名の、落ち着かない解放感の中に身を置いた。
「終わった」のではない。  
これから始まるのだ。


 かつての仲間たちの名前を一人も明かさず、自分一人の責任として背負い投げた自分だけの正義、この「沈黙」の先に待つ景色。  


 二時間半の沈黙の果てに辿り着く実家が、刑務所の独居房よりも息苦しい場所であることを、私はまだ予感することしかできなかった。


*これは実際におきたこと


次回、12話予告
自由という名の監獄、塗り替えられた居場所
_同罪者達の裁き、居場所を失った帰還

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