第一章 12話 【完全実録小説】自由という名の監獄、塗り替えられた居場所 _同罪者達の裁き居場所を失った帰還
刑務所の重い門が背後で閉まった瞬間、私は身体の奥まで冬の空気を吸い込んだ。
自由だ。
やっと、自由になれた。
あの日、金木犀の香る秋に半袖で連行されてから、季節は冬に様変わりしていた。
刺すような12月の木枯らしが肌寒く感じたが、その冷たささえもが新鮮で、私の心は静かに高ぶっていた。

迎えに来ていた母と共に駅へ向かい、電車に揺られる。
ガタンゴトンというリズム、窓の外を流れる見慣れたはずの街並み。
すれ違うサラリーマンや、笑い合う学生たち。
そのすべてが、数ヶ月ぶりに見る「本物の世界」として、眩しいほど鮮やかに目に映った。
「ああ、私は今、外にいるんだ」
胸の奥が、期待と緊張で微かに目覚めていくような感覚があった。
けれど、その高ぶりは、自宅の玄関の扉を開けた瞬間に、音を立てて崩れ去ることになる。
「ただいま」
その一言に、これまでの全ての謝罪と、やり直したいという決意を込めたつもりだった。
けれど、家の中に漂う冷気は、私の言葉を凍らせた。
出迎える家族の視線には、安堵も温かみも微塵もなかった。
そこにあったのは、
「なぜ、帰ってきたのか」
という戸惑いと、腫れ物に触れるような拒絶の色。
二十一歳の私は、あまりに無知だった。
自分は判決を受けて
「終わった」つもりでいたけれど、世間にとって、そして何より家族にとって、私は一生消えない
「犯罪者」
という烙印を押された厄介者でしかなかったのだ。
母は変わらず私を心配してくれていたけれど、家全体の空気は、私の存在そのものを拒んでいるようだった。
自分の部屋へ向かうと、追い打ちをかけるような現実が待っていた。
かつての私の居場所は、見る影もなく変えられていた。
広かったはずのスペースは奪われ、私は狭い一角へと追いやられていた。
そこには、私の私物や思い出の品が、まるでゴミの山のように乱雑に積み上げられている。
「……ここが、私の場所?」
自由を手に入れたはずの初日の夜。
私は「おかえり」のない冷え切った食卓で、家族の沈黙に耐えながら食事を済ませ、埃にまみれた自分の荷物を片付けることから始めなければならなかった。
自分の寝場所を作るために、過去の残骸を独りで動かし続ける。
それは、どんな重労働よりも虚しかった。
ようやく横になれたものの、今度は「音」が私を責め立てた。
遠くを走る車のエンジン音、風に揺れる窓枠の音、
深夜の街の微かなざわめき。

拘置所の、あの耳が痛くなるほどの静寂に慣れきってしまった私の身体にとって、日常の雑音は凶器のように鋭く突き刺さった。
(外の世界は、こんなにうるさかったのか……)
いかに自分が、あの檻の習慣に毒されていたかを思い知らされ、恐ろしくなった。
結局、その雑音が頭の中で鳴り止まず、私は一ヶ月もの間、まともに眠りにつくことができなかった。
自由の身でありながら、私は夜な夜な、静まり返った独居房の静寂をどこかで求めている自分に気づき、愕然とした。
さらに私を追い詰めたのは、身近な人間たちの「正義」という名の暴力だった。
姉妹は、私という存在そのものを否定し続けた。
まるで私一人がこの家の泥を塗ったかのように、冷たい言葉を投げつけてくる。
けれど、私は知っていた。
彼女だって、かつては私と同じように、危うい快楽に手を染めていた時期があったことを。
自分も「あちら側」を知っているはずなのに、捕まっていないという一点だけで、彼女は聖人君子のような顔をして私を断罪する。
やり場のない孤独に耐えかね、私はかつての友人に電話をかけた。
せめて、誰かに「大変だったね」と言ってほしかった。
けれど、受話器の向こうから返ってきたのは、突き放すような冷笑だった。

「あんたって、辛い時ばかり電話してくるよな」
と、耳を疑った。
(……何、言ってるの?)
心の中で激しい怒りと悲しみが燃え上がった。
あなただって、一緒に薬物を使っていたじゃないか。
同じ穴の狢(むじな)だったはずじゃないか。
捕まったか、捕まっていないか。
たったそれだけの判断基準で、運良く法の網をすり抜けているだけの人間たちが、捕まった私を
「汚れた者」として、上から目線で生き様を否定してくる。
「捕まっていないだけで、あなたたちも同罪だ」
その言葉が喉元まで出かかったが、私は飲み込んだ。
法廷で
「すべて自分の責任だ」
と言い切ったのは私だ。
だから、この冷え切った家族の視線も、親友の裏切りも、居場所のないこの部屋も、すべては私が選んだ道の報い。
自業自得なのだと、自分に言い聞かせた。
分かっている。
これは罰なのだ。

けれど、分かっていればいるほど、この理不尽なまでの孤独が、私の呼吸を止めるほどに苦しく、重くのしかかった。
私の心の支えは、どこにもなかった。
浅はかにも、私は自由の門をくぐれば、地獄は終わると思っていた。
けれど、地獄は、自分の居場所を失ったこの家の中にもあった。
肩身の狭い家の中、嘲笑する友人、否定し続ける姉妹。
「地獄は、高い塀の外側にもあった」
暗い部屋で、荷物の山に囲まれて眠れない夜を過ごしながら、私の心は再び、
「私を否定しなかった男」の声と、
「白い粉」の一時の安らぎを、無意識のうちに追い求め始めていた。
*これは実際におきたこと
次回、13話予告
偽りの聖女、孤独な頂点
_「待っていてくれ」の呪縛と薬に溶ける罪悪感
