第一章15話 ネオンの誘惑、運命の四人 _市街地の深淵と、亡き面影を追う男
地元の見慣れた景色を抜け、「足代わり」の男の車で市街地へと向かう道中、私の心はすでに現実を離れ、別の次元へと浮遊していた。
車窓を流れるネオンの群れは、地元よりもずっと鋭く、毒々しい光を放っている。
その光の中に飛び込むことが、今の私にとって唯一の
「生きている実感」
だった。

目的地に着くと、私たちは「足代わり」の男を車に残し、獲物を探す獣のように街へ踏み出した。
そこには、独自の「合図」がある。
特定の場所で、手を回すような仕草。
それが、闇の住人たちが発する「在庫がある」というサインだ。
私と親友は、迷うことなくその合図を目指して歩み寄った。
「二つ、欲しいんだけど」
私の声には、躊躇(ちゅうちょ)も怯えもなかった。
むしろ、禁断の果実を自らの意思で手に入れるスリルに、胸が踊っていた。
取引を終えた瞬間、売り子の男が意外そうな顔をして私たちをまじまじと見つめた。
「……女の子二人? 」
男の視線が、特に私の顔に釘付けになったのが分かった。
「もう一人呼ぶから、四人で遊ばない? 」
普段の私なら、素性の知れない男の誘いなど一蹴していただろう。
だが、その時の私は、血管を駆け巡る万能感に支配されていた。
(何があっても、私は大丈夫。私の思い通りになる)
根拠のない確信。
それが「無知ゆえの恐れ知らず」だったのか、
それとも薬のもたらす「虚構の強さ」だったのか。
私たちは一旦電話番号を伝え、その場を離れた。
そして、車の中で親友と顔を見合わせ、ためらうことなく同意した。
「行こうよ。面白そう。」
再会した男たちの片方は、市街地を拠点にする本物の極道だった。
地元の不良とは違う、洗練された狂気と静かな威圧感。
けれど、私たちはその牙さえも、自分たちを彩るアクセサリーのように感じていた。

その日は四人でホテルに入り、共に薬を打った。
冷たい液体が血管を滑り、意識が白く弾ける。
だが、その夜、私たちは身体を重ねることはなかった。
ただ、薬の恍惚の中で、とりとめもない話を延々と繰り返して夜を明かした。
私にとっては、彼らという人間よりも、彼らが持っている
「薬」
というカードの方が重要だった。
これでまた、いつでも「あの場所」へ行ける。
その安心感だけが欲しかった。
しかし、数回に一度会うようになるうちに、売り子の男の態度が変わり始めた。
彼は地方で極道をしていた過去があり、そこで最愛の妻と子供を亡くしたのだという。
「死んだ嫁にそっくりなんだ。初めて見た時、一目惚れした」
切々と語られる彼の過去は、重く、悲しかった。
だが、その話を聞かされるたび、私の心には冷ややかな風が吹き抜けた。
(ああ、この人は私を見ていない。私の中に、もういない女の影を見ているだけなんだ)
亡き妻の面影を追う男。その瞳に映る
「偽りの私」。
なんとも言えない空虚な気持ちになったのを覚えている。
けれど、そんな彼の「重たすぎる愛」さえも、当時の私には薬を手に入れるための「利用価値」でしかなかった。

市街地での薬物購入は、すべてが刺激的だった。
自分の足で歩き、自分の意思で選び、自分の手で針を刺す。
その一連の行為が、まるで見知らぬ土地を冒険する旅人のように、私の心をウキウキとさせていた。
地元の先輩たちと遊び惚け、夜のネオンを背景に、私たちはどこまでも堕ちていく。
だが、この時の私はまだ知らなかった。
「死んだ妻に似ている」
と言って私を追いかけ回すようになる、この男の執着が。
そして、この四人の出会いが、私の物語を、地元の「内縁の妻」という過去さえも生温く感じるほどの、苛烈な修羅場へと変えていくことを——。
私たちは、自ら望んで深淵(しんえん)の底へと飛び込んでいった。

そこにはもう、戻るためのハシゴなど、どこにも残っていなかった。
✴︎これは実際におきたこと
17話へ続く
