第二章 13話(34話) 狂気の中の疾走 _頭の中の監視を超える覚悟
彼が刑務所から帰ってきて、少しが経った頃。
私は長年続けていた昼間の工場の仕事を辞めた。
かつてのように、また彼が私を守ってくれる、私を支えてくれると、どこかで信じ切っていたからだ。
けれど、現実は違っていた。
檻の外へ出た彼は、一向に働く様子を見せなかった。
部屋に漂うぬるい空気と、進まない現実。
生きるための焦りが、じわじわと私を締め付け始めた。
そんな折、彼が友人からひとつの話を持ちかけられてきた。
移動販売車での珈琲屋をやらないか、という提案だった。
ちょうどその頃、私の妹が離婚をし、幼い子供と二人で田舎から帰ってきていた。
職に就いていなかった妹の状況を知り、運転免許を持たない私に代わり、彼が妹に声をかけた。
そうして、二人で珈琲の移動販売を始めることになったのだ。
元々は、かつて祖母が紹介してくれたお寺だった。
気づけば妹がそのお寺へ熱心に通うようになり、父や姉も含め、家族全員がそこに入信していた。
そのお寺にいらっしゃったご住職様は、本当に素晴らしい方だった。
学校では決して教えてくれないような道徳や人間としての生き様を、親身になって教えてくださった。
仕事は、朝7時半頃に出て12時頃に終わるスケジュールだった。
私は、妹がお寺へ参詣する時に寄り添うようにして、仕事が終わってから、頻繁にお寺へ一緒に通うようになっていた。
ご住職様の言葉に耳を傾ける時間は、擦り切った私の心にとって、静かな救いでもあった。
移動販売の仕事は、テキ屋のような販売形態だった。

ブティックなどの華やかな服飾店でしか働いたことのなかった妹にとって、その環境はあまりにも過酷で、馴染めるはずもなかった。
結局、半年も経たないうちに妹は限界を迎え、店を辞めていった。
取り残された移動販売車と私。
私は、一人でもこの珈琲販売を続けていくことを決意した。
そのためには、どうしても車の運転免許が必要だった。
私は彼に
「免許を取りたい」
と相談した。
だが、私には絶望的なまでの障壁があった。
この頭の中の声と監視だ。
文字を開けば、声が後ろから追うように文章を読み上げ、思考を激しく妨害してくる。
まともな集中力など保てるはずもなく、ましてや学科の勉強など最後までやり切れるのか、自分でも全く分からなかった。
私の抱える異状を察したのか彼は、こう言った。
「まず原付の免許が取れたら、車の免許を取りに行かせてやる」
私は必死だった。
頭の中の声が重く響く中、何とか原付の試験を突破した。
技能と学科。
次は、本命の普通自動車免許だ。
通いの教習所では途中で心が折れてしまうかもしれない。
そう考えた私は、2週間の合宿に参加し、短期集中で試験を狙う道を選んだ。
若い学生たちとの遭遇を避けるため、夏休みが終わったはずの9月を狙って合宿所へと向かった。
けれど、それは私の無知ゆえの誤算だった。
9月は大学生の夏休み真っ只中。
避けたつもりだったのに、教習所は若い学生たちで溢れ返っていた。
30歳になった私と、ほんのわずかな大人たち。
私は若者たちの賑やかな輪の中に、一人ポツンと投げ込まれたのだった。
合宿3日目くらいのことだった。
一緒に講義を受けていた大学生たちから、
「食事や飲みに行きませんか? ボウリングでも行きましょう」
と声をかけられた。
年下の彼らの誘いは無邪気で、魅力的に見えた。
本当は、私だってそんな風に普通に遊びたかった。
けれど、今の私にそんな余裕は微塵もなかった。
遊びの輪に入り込めば、またこの頭の異常さが露呈し、ボロが出てしまうかもしれないという強い恐怖があった。

何より、過酷な課題試験に受からなければ、ここに来た意味がないのだ。
頭の声のせいで、私は人の何倍も文章を読むのが遅い。
人と同じ勉強量では絶対に受かるはずがなかった。
「人の100倍勉強しなければ、私は無理だ――」
私は彼らの誘いを静かに断った。
そこからの2週間は、まさに壮絶だった。
昼間は教習所で神経をすり減らして学び、ホテルへ戻ってからは夜遅く、限界が来るギリギリまで机に向かって教科書を開き続けた。
生まれて初めて、これほどまでに必死に勉強をした。
教習の中では、苦しい出来事もあった。
ある夜、激しい雨が降る中での縦列駐車の練習中、どうしても上手く車を入れられず、焦りと不安で追い詰められた私は担当の教官に相談した。
すると教官は、冷ややかな声で言い放ったのだ。

「あなただけ特別扱うなんて無理ですよ」
私は決して特別扱いを求めたわけではなかった。
ただ上手くできない焦りと悔しさ、突き放されたショックに、ボロボロと溢れ出す涙を止められなかった。
冷たい雨が打ち付ける中、一人で涙を拭いながらホテルへ帰る道のり。
(なぜ私だけがこんな目に遭うのだろう……。これも全部、あの声と監視のせいなんじゃないか……)
上手くいかないすべての理由を、頭の中の声と監視のせいにしてしまう自分がいた。
そうでも思わなければ、惨めで崩れ落ちそうになる自分を保つことができなかったのだ。
それでも、私は諦めなかった。
2週間の極限状態を走り抜け、私は無事に教習所を卒業。
その勢いのまま本免許を取得し、ついに自分ひとりで珈琲販売の仕事を始めることができたのだった。

朝、部屋中に漂う深く香ばしい珈琲の香りで目が覚める。
彼が朝早くから、販売用の珈琲を淹れて準備してくれていたのだ。
移動販売という形ではあったけれど、この珈琲が本当に美味しかった。
温かい湯気と芳醇な香りに包まれるその一瞬だけは、私の荒んだ心にささやかな安らぎを与えてくれた。
頭の中の監視と声は、相変わらず止むことはなかった。
けれど、この異常な苦しみも数年の歳月が流れる中で、どこか「日常」として慣れてしまっている自分がいた。
もちろん、焦りや羞恥、込み上げる怒り、暗い孤独と悲しみの感情は、絶え間なく心を蝕み続けていた。
けれど、その度にポケットの中の安定剤を口へ運び、無理やり心を鎮める。

そんな歪んだバランスすらも、私にとっては当たり前の生活の一部となっていたのだ。
そんなある日のこと。
彼が刑務所で知り合ったという一人の男性が、「彼女」だという女性を連れて、私たちの家に遊びにやってきた。
彼はその男性とすぐに意気投合し、仕事の話などをしながら仲良く付き合うようになった。
私もその「彼女」と何度か顔を合わせるうちに打ち解け、連絡先を交換した。
疑問など一切抱かず、私は彼女達のことを完全に信用し切っていた。
自分の城を持ち、新しい生活の歯車が少しずつ回り始めたと思っていた。

けれど、私の与えられていない場所で、静かに、そして残酷な裏切りの罠が仕掛けられていることを、当時の私はまだ知る由もなかった。
✴︎これは実際におきたこと
つづく
