第一章 10話 検察の怒号、汚された正義 _剥ぎ取られた自尊心と投げつけられた再犯の呪い
警察署から腰縄で繋がれ、手錠をかけられたまま連行された先。
そこが「検察庁」という場所であることを、二十一歳の私は正確に理解していなかった。
警察の調べが終わればすべてが終わると思っていた私にとって、そこは予期せぬ、そして人生で最も不快な「第二の地獄」の幕開けだった。

検察庁の建物は、警察署よりもどこか重苦しく、それでいて事務的な冷たさに満ちていた。
手錠をかけられたまま長い廊下を歩くとき、すれ違う職員たちの視線が、私の肌をじりじりと焼く。
なにより耐えがたかったのは、自分自身の姿だった。
母が用意してくれた、何の変哲もないスウェット。
自分では決して選ばないその服に身を包み、洗顔もままならず、髪はボサボサに乱れたまま。
鏡を見るまでもなく、自分の顔がひどく疲れ果て、荒んでいるのが分かった。
二十一歳の、本来なら、おしゃれを楽しんでいたはずの自分が、こんな無様な格好で、犯罪者として引き回されている。
その事実は、私の自尊心を深く、静かに削り取っていった。
案内された取調室に座っていたのは、五十代か六十代ほどの、がっしりとした体格の男だった。
威圧的なその体躯(たいく)は、狭い室内でさらに大きく見え、私を見下ろす視線には最初から「罪人」への蔑みが貼り付いていた。
男は、私のボロボロな姿を一瞥すると、鼻で笑うような仕草を見せた。
「……で、薬をやってる時はどうだったんだ」
男の声は、静寂を切り裂くような怒鳴り声に変わった。
事件の経緯を淡々と確認する警察とは違い、この男の言葉には、私の人格そのものを粉砕しようとする明確な悪意が宿っていた。

「薬物をしてSEXして、気持ちよかったのか?」
「気持ちよくて、何回もしたんだろう? あぁ?」
あまりに卑劣で、野蛮な質問だった。
この男は今、何を言っているのか。
国家から正義を託された人間が、公権力という絶対的な優位に立ちながら、二十一歳の女性に対して性的な羞恥心を煽り、楽しんでいる。
こんなボサボサの髪で、惨めなスウェット姿の私を見て、さらに踏みにじってもいい存在だと判断したのだろうか。
三十年前という時代、コンプライアンスという言葉もなかったけれど、私には分かっていた。
この男は、司法を守る人間などではない。
ただの「汚れた大人」だ。
私は、口を閉ざした。
(こいつ、何言ってるの? 気持ち悪い。これが司法? おまえの方がよっぽどおかしい……)
心の中で冷静に、けれど最大級の軽蔑を込めて男を見据えた。
ふてくされていると思われたかもしれないが、こんな卑劣な問いに答える価値など一分もなかった。
さらに男は、呪いをかけるように机を叩き、咆哮した。
「いいか、覚醒剤で捕まるやつはな、10人中9人は必ずここに戻ってくるんだよ。お前もその一人だ。絶対にまた戻ってくる!」
必ず戻ってくる――。
その言葉は、冷たい鉛のように私の胸の奥に沈み込んだ。
犯罪者には何を言ってもいい、人間扱いしなくていい。
そんな「なんでもあり」の空気が取調室を支配していた。
隣に座る事務官は、機械的に記録を取るだけで、このセクハラまがいの暴言を止める気配すらない。
彼らにとって、私は「更生させるべき人間」ですらなく、ただの処理すべきものに過ぎなかったのだ。
けれど、そんな地獄のような時間の中でも、私は不思議と彼を恨む気持ちにはなれなかった。
世間は「男に人生をめちゃくちゃにされた哀れな女」と見るかもしれない。
けれど、薬に手を出したのは、紛れもない自分自身の判断だ。
誰に強制されたわけでもない。
自分のしたことの責任は、自分だけで取る。
それが私の基本だった。
だからこそ、この卑劣な検察官にどれほど罵倒されようと、自分の選択まで他人のせいにしたくはなかった。

国選弁護士は、公判の打ち合わせに数回来ただけで、記憶に残るような助けにはならなかった。
誰にも守られない。
誰にも理解されない。
そんな暗闇の中で、私を繋ぎ止めていたのは、やはり彼からの手紙と三万円だった。
彼を愛しているのか、さえもう分からない。
けれど、この取調室で「気持ちよかったのか」とニヤつく男たちに比べれば、私と同じ地獄を歩く彼の方が、まだ血の通った人間に見えてしまう。
その歪な事実が、私をさらなる迷宮へと誘っていた。
男が放った
「10人中9人は戻ってくる」
という言葉。
私はこの呪いを、この先、何年もの間、重い鎖のように引きずって生きていくことになる。
*これは実際におきたこと
次回、11話
断罪の法廷、下された「答え」
自由の門をくぐったその先に私は何を見るのか?
