感じのいい陰キャになる
明るさと感じのよさは、同じではない
「明るい人は感じがいい」「静かな人はとっつきにくい」と、雑にまとめられがちだけれど、じっさいはそんなに単純ではない。
人といて楽かどうかを決めるのは、テンションの高さよりも、その場とのつながり方が自然かどうかということである。
よく喋るから好印象とは限らないし、静かだから感じが悪いわけではない。
むしろ大事なのは、その人が無理をしていないことと、周囲を拒んでいないことだ。
無理に「陽」を演じなくていい
内向的な人がしんどくなるのは、静かな性質そのものより、本来の出力以上の社交性を求められることにある。
目指すべきなのは、無理に明るい人になることではなく、「ちゃんと参加していることが伝わる人」になることなのである。
会話の中心にいなくてもいいし、盛り上げ役にならなくてもいい。
ただ、閉じきってしまわないことだけを意識していればいい。
表情や相づち、短い返答や視線だけでも、「ちゃんといます」というサインは十分に出せる。
静かであることと、関わっていないことは、まったく別の話である。
自分のペースを守りながら、場には薄く合わせていく
感じのいい静かな人には、共通して「無理はしていないのに、場を無視していない」というバランスがある。
自分を殺して合わせすぎれば疲れるし、自分のペースだけを守れば、とっつきにくさが残る。
その中間にあるのが、場のリズムにうっすら同期するという感覚なのだと思う。
全部に乗る必要はない。
笑うところで少し笑う。
話を振られたら一拍で返す。
会話の区切りで一言添える。
そのくらいの薄い接続で、十分にその場との関係は生まれる。
静かさは、穏やかさに変えられる
感じのいい静かな人は、低刺激だけれど好意的だ。
圧がないのに、拒絶感もない。
テンションは高くないのに、不機嫌には見えない。
ここから先は
1,490字
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
