内向的な人だけがもつ創造性

内向的であるということは、世間ではとかく面倒なもののように言われるのであって、要するに人づきあいがよくないとか、愛想がないとか、何を考えているのか分らないとかいうことになるのだが、しかし人間が何を考えているかなどということは、もともとそう簡単に分るものでもないし、また分ったからどうだということも、実は余りないのである。
にもかかわらず、すぐに言葉にし、すぐに応じ、すぐに人と打ち解けることが、一種の健康のように思われている。すると、それが出来ない人間はどこか不足しているように見える。
けれども、そういう見方は大体において、世間というものが、外へ出て来るものだけを人間の実体と思っているからであろう。

内向的な人間というのは、外に向かって働く前に、物事を一度自分の中へ入れてしまう。
そこで何が起こるかと言えば、別に大したことが起こるとも限らないのだが、それでも外から来たものがそのまますぐ返って行かずに、一旦そこに留まる。留まるあいだに、それは少し形を変えたり、昔の記憶に触れたり、何でもない別の印象と結びついたりする。そういうことが起こる。

だから内向的な人は、話しかけられてすぐ返事をしないことがある。鈍いのではなくて、言葉がまだその人の中に届いている途中なのである。世間はそういう途中というものを待つのが苦手だから、返事が遅いとすぐに社交性がないということになる。

しかし、社交性というものがそれほど偉いかというと、私は別にそうは思わない。
人間は人と仲よくするのも結構だが、世界と仲よくすることもまた必要なのであって、しかも世界というのは、必ずしも人間関係のことばかりではない。
書物でもよいし、音楽でもよいし、眼の前の午後の光でもよい。そういうものと静かに附き合うには、少しばかり内向的である方が都合がいい。
絶えず人に向って開いている心は、たしかに愛想はいいかもしれないが、物の方へ深く沈んで行くには、少し騒々しいところがある。

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