「見える世界が変わったんです」
まさか、パソコンを買いに行って、泣きそうになるとは思わなかった。
先日、Apple Storeへノートパソコンを買替えに行った。入り口で来店の目的を伝えると、「担当者を呼びますね」と言われた。
やってきたのは、色のついたメガネをかけ、白杖を持った男性だった。
視覚に障害のある人に接客してもらうのは、初めてだった。古いパソコンの下取りもお願いしたかったので、大丈夫なのだろうかと、正直戸惑った。けれど、それを尋ねるのも失礼な気がして、買い替えの相談を始めた。
彼は、iPhoneを片手に接客をする。パソコンのスペックについて質問すると、わかることはその場で答え、細かなことはiPhoneで調べる。画面を読み上げる音声を、何倍にも速めて聞き取り、判断していく。どのような画面遷移で、どこを操作すればいいかも、すべて頭に入っているようだった。
相談は何の滞りもなく進んでいった。それでも僕は驚いて、つい聞いてしまった。
「失礼ですけど、音声だけで操作しているんですか」
「僕は全盲なんですよ。だから全部音声なんです」
彼はそう答えてくれた。その話題に触れてもいいのだと思い、いろいろ聞かせてもらった。接客の仕事を始めたころは、人の動きを読み取るのが難しく、慣れるまで大変なことも多かったという。
それでも、こうして仕事ができるようになったのは、iPhoneのおかげだと話してくれた。以前の携帯電話を使っていたころは、メールを読んだり書いたりするにも、周囲の手を借りることが多かったそうだ。
そして、彼はこう続けた。
「iPhoneができてから、見える世界が変わったんです」
かつては全盲の人が選べる仕事は限られていた。それが今では、こうして店頭に立ち、接客の仕事ができる。以前なら考えられなかったという。
気づいたら、泣きそうになっていた。
技術の進歩が、人の生き方をここまで変えるのかという感動もあった。けれど、それだけではない。「見える世界が変わった」という言い回しは、誰もが気軽に使う。だが、彼の場合は比喩ではない。本当に、見える世界が変わったのだ。その言葉を、これほど重く感じたことはなかった。
iPhoneには、画面を見ることのできない人も使えるよう、音声による操作が組み込まれている。それを設計した人たちがいた。そして、その技術を使いこなす彼がいて、彼を店頭に迎え入れる職場があった。どれか一つが欠けても、僕が彼からパソコンを買うことはなかった。
AIやロボットの話をするとき、僕たちは「仕事を奪われる」とばかり語ってしまう。たしかに、なくなる仕事はあるだろう。けれど、技術には、それまで閉ざされていた仕事への扉を開く力もある。
レジでの支払いも、彼は音声だけで、よどみなく済ませてくれた。ただ、パソコンを買った。それだけの話だ。それだけの話を、書かずにはいられなかった。
※こちらの記事は、AERA2026年8月24日号にも掲載しています。
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