星の短編集・改 #006 コケシな妻
496文字
「タケシ、なんでよ。なんで。死なないで。ひとりにしないで……」
妻が泣く。
俺は、もう死ぬ。死ぬ前に言いたい。ひとつだけ。
出ない声を必死に振り絞って言葉を紡ぐ。
「タ、タ」
ダメだ。思うように言葉が出ない。
「助けて欲しいの? 苦しいの? もちろん助けてあげたい。けど……」
泣き崩れる妻。
歳をとっても、こんなにも可愛い妻を泣かせるなんて思わない。今まで平々凡々な人生を送ってきたからこそ。特筆すべき出来事はなかったからこそ。
「タケシ。目を開けてッ!」
号泣する妻。
妻は俺にはもったいないほどの美人だ。若い頃は浮き名を馳せていた。
だからか。だからなのか。
俺みたいな冴えない男に妻が嫁いでくれたのは。
妻の涙が俺の頬へと落ちる。ぽたり。
そうだな。妻はモテる。だからこそ一つだけ言い残したい。確認したいんだ。もう声は枯れ果て言葉にはできないけど、どうしても。そんな思いが沸々と胸の奥底から湧き上がってくる。そして、ついに小さな声で思いを形にする事ができた。
なあ、妻よ。
『ぶっちゃけタケシってさ……。俺の名前はタカシだよ?』
タカシだ。
「あ……」と妻がやっちまったなという顔をした。
俺の親友の名は……、タケシ。
お終い。
