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あの日のお母さんの気持ちが、今なら少し分かる 〜ASD診断の日の思い出〜

こんにちは。おもちです。

今日も読みに来てくださって、ありがとうございます。

さて今回は、少し時間をさかのぼって、初めて発達外来を受診した日の思い出について書きたいと思います。

あの日、待合室で出会ったある親子の姿が、今でも忘れられません。

当時の私には分からなかったこと。

でも、数年経った今だからこそ、少しだけ見えてきたものがあります。

今回は、そんなお話です。


発達外来を受診するまでのこと

県立総合病院の発達外来を初めて受診したのは、息子が4歳、年中さんの時のことです。

息子は早くから発達の遅れを指摘され、市の療育につながっていました。

そのため、我が家では発達外来を受診するかどうかが、常に頭の片隅にある選択肢でした。

医療とつながることの大切さは分かっていました。

それでも、まだ完全には覚悟の定まっていなかった私は、「このまま曖昧なままでいたい」という気持ちと、「診断名を聞いて、このモヤモヤに決着をつけたい」という気持ちの間で揺れていました。

最終的には、小学校入学を控え、診断を受けておいた方が必要な支援につながりやすくなるだろうということ。

そして何より、長年抱えてきたモヤモヤに決着をつけたいという私自身の気持ちが勝り、受診を決めたのです。

予約を入れてから数か月後。

ようやく迎えた発達外来の受診日。

その待合室で、私は今でも忘れられない光景を目にすることになりました。

忘れられない待合室の光景

初めて訪れた総合病院の待合室。

そこは普段、風邪で受診するクリニックとは全く違う風景が広がっていました。

車いすに乗った子。

ストレッチャーで眠っている子。

長い待ち時間に疲れた様子で泣き出す子。

受付で記入するように言われた書類を埋めつつ、私はその雰囲気に吞まれていました。

息子も異質な空気を感じたのか、暇つぶしグッズを持参していたにも関わらず10分もしないうちに帰りたがる始末。

そんな中、ふと目に飛び込んできたのは、病院の待合室には不似合いだと当時の私が感じた、鮮やかな色彩のワンピース姿の女性でした。

手入れされた長い髪、キラキラのネイルにハイヒール。

そしてその女性の膝の上には、高校生くらいの娘さんがぴったりとくっつき甘えていました。

(どうして病院にこんな格好で来ているんだろう…?)

それが当時の私の率直な感想でした。

少しずつ変わっていった「あのお母さん」の見え方

その日、息子にははっきりと診断名がつきました。

  • 自閉症スペクトラム

  • 発達性協調運動障害

  • ADHDの疑いあり

その時、私が感じていたのは意外にも妙にスッキリした気持ちだけでした。

(だよねー!)

(やっと答えがわかったー)

モヤがかかっていた視界が急に開けてきたような、そんな感覚。

それはどう息子と向き合っていくべきか、やっと方向性が見えた日でもあったのです。

その後、定期的に通院するようになり、折に触れてあの女性のことを思い出しました。

不思議なことに時が経つにつれ、その印象は変わっていったのです。

「派手だなぁ」から「なんかわかるなぁ」へ。

あのお母さんが、人目を引くほど華やかな身なりをしていた理由。

本当のことは分かりません。

でも今の私は、あれはしんどい状況と向き合うための「鎧」だったのかもしれない、と思っています。

明るい色の服を着て、私は大丈夫、今日も行けるって負けそうになる自分を支えるためのものだったのかもしれない、と思うようになったのです。

それは私自身が病院に行く時は、無意識のうちに気合を入れてキレイ目な服を選んでいることに気づいたから。

「よし!今日は○○について聞いて来よう」

しんどいからこそ、踏ん張るための準備が必要なのだと、私もようやく気づきました。

だから今なら、あの日のお母さんの気持ちが少しだけ分かる気がするのです。

おわりに

あの日のお母さんが、本当はどんな思いであの待合室にいたのかは分かりません。

でも今の私は、あの華やかなワンピースも、ネイルも、ハイヒールも、自分を奮い立たせるための「鎧」だったのかもしれないと思っています。

あの日はただ驚くだけだった私。

でも今なら、あの日のお母さんの気持ちが少しだけ分かる気がするのです。


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