ローカル線の揺れと、名も知らないお姉さん 【癒しとつながりの手帖 第37話】
ローカル線には、不思議な力がある。
40代のおっさんを、一瞬で10代に戻してしまうのだから。
先日、たまたまローカル線に乗る機会があった。
1両だけで走る、のんびりとした小さな電車だ。
ガタンゴトンという心地よい揺れに身を任せていると、ふと昔の記憶が蘇ってきた。
まだ10代だった頃。
毎朝、通学のために同じ時間の電車に乗っていた。
田舎の駅だから、毎朝乗る人はだいたい決まっている。
そんな中、駅のホームで電車を待つ僕の後ろに、いつもそっと並んでくれる人がいた。
声の雰囲気からして、おそらく僕より3つか4つくらい年上。
働き始めて間もないくらいのお姉さんだったと思う。
電車が来てドアが開くと、僕を安全に車内へ乗せてくれて、そしてスッと離れていく。
最初は、そんな言葉を交わさない静かなやり取りが何日か続いた。
でも毎日顔を合わせているうちに、少しずつ話をするようになった。
朝だけでなく、僕の帰りが遅くなった日には、仕事帰りのお姉さんと偶然会うことも増えた。
ホームで電車を待ちながら、学校のことや仕事のこと、たわいもない話をした。
それが結構楽しくて、毎朝駅へ向かうのが楽しみになっていた。
当時の僕は、かなりシャイだった。
今なら連絡先を交換しませんかと言える、たぶん。
でもあの頃は、おはようございますがちゃんと言えただけで、その日のノルマ達成くらいの勢いだった。
今みたいにスマホで気軽に連絡先を交換できる時代でもなかったし、何より勇気がなかった。
だから、あんなに毎日のように話していたのに、結局名前すら聞けずじまいだった。
今でも、あの時聞いておけばよかったなぁと思う。
当時の僕は、恋愛偏差値より人見知り偏差値のほうが、ずっと高かったらしい。
そんな楽しい日々は、突然終わりを迎えた。
半年くらい経った頃だろうか。
急にお姉さんが、朝の電車に乗らなくなった。
どうしたんだろう。
何かあったのかな。
何も聞いていなかった僕は、ただ心配することしかできなかった。
でも、名前も連絡先も知らない。
どうすることもできなかった。
結局、それっきりになってしまった。
あれは、僕の初恋だったのだろうか。
いや、初恋というより、毎朝が少し楽しみになる人がいた、ということなのかもしれない。
今でもローカル線に揺られると、あの頃のシャイだった自分と、優しい声のお姉さんを思い出す。
そして、あの頃の僕もう少し頑張れよと、心の中で肩をたたいてしまう。
もっとも、おっさんになった今でも、知らない人に話しかけるのは少し勇気がいる。
案外、人見知りというのは、年齢では卒業できないらしい。
皆さんの胸の奥にも、ふとした瞬間に蘇る、名前も知らない誰かとの思い出はありますか。
この記事を書いた僕がどんな人間か気になった方は、ぜひこちらも読んでみてください。
次回の更新は、8月19日水曜日を予定しています。
またお会いしましょう。
