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遠距離恋愛してる彼女と久々に会ったら歯止めが効きませんでした

最後に川崎桜と会ったのは、もう三か月も前のことだった。

 付き合い始めたばかりの頃なら、三か月なんて考えられなかった。

 学校帰りに少しだけ会って、駅まで一緒に歩いて、別れ際に「また明日」と言える。

 そんな当たり前だった時間が、今では一番遠い。

 桜は遠くで頑張っている。

 〇〇も、自分のいる場所で頑張っている。

 だから寂しいなんて言わない。

 ……そう決めていた。

 スマホの画面を見る。

『今、駅着いたよ』

 桜からのメッセージだった。

 それを見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。

「……やば」

 待ち合わせ場所まで、あと少し。

 何度も時計を確認する。

 さっきから同じことばかりしている自分が、少しおかしくて笑ってしまう。

 けれど、それくらい待ち遠しかった。

 三か月。

 たった三か月。

 そう思おうとしても、〇〇にとっては長すぎた。

 電話はしていた。

 メッセージも毎日していた。

 忙しい日は短い「おやすみ」だけの日もあった。

 それでも、画面越しと実際に会うのとでは全然違う。

 声を聞くだけじゃ足りない。

 笑っている顔を見たい。

 隣を歩きたい。

 くだらないことで笑いたい。

 そして何より――。

「……早く会いたい」

 小さく呟いた、その瞬間だった。

「〇〇?」

 聞き慣れた声がした。

 振り返る。

 そこに、桜がいた。

「……桜」

 目が合う。

 桜は少しだけ驚いたように目を丸くして、それからふわっと笑った。

「久しぶり」

「……うん」

「なんでそんな顔してるの?」

「いや……」

 言葉が出てこない。

 会ったら言いたいことは、たくさんあったはずなのに。

 元気だった?

 疲れてない?

 会いたかった。

 寂しかった。

 大好き。

 全部言いたかった。

 なのに、目の前に桜がいるだけで、頭の中が真っ白になる。

「……〇〇?」

「……会いたかった」

 やっと出てきた言葉は、それだけだった。

 桜の頬が少し赤くなる。

「……私も」

 その一言で、胸がいっぱいになった。

 三か月分の寂しさが、一気に押し寄せてくる。

 〇〇は笑って、桜の隣に並んだ。

「行こっか」

「うん」

 歩き始める。

 けれど、二人の間には微妙な距離があった。

 以前なら自然に近づけた。

 肩が触れるくらいの距離を歩いていた。

 でも、三か月ぶりとなると、どうしていいのか分からない。

 そんな〇〇を見て、桜が小さく笑った。

「なんか変なの」

「何が?」

「〇〇が緊張してる」

「……してない」

「してるよ」

「してないって」

「じゃあ、こっち見て」

 言われて、桜を見る。

 数秒。

 耐えられなくなって〇〇が目を逸らす。

「……ほら」

「ふふっ。やっぱり緊張してる」

「桜だって緊張してるでしょ」

「私はしてないもん」

「嘘」

「ほんと」

「じゃあ顔赤いのは?」

「……暑いから」

「今日そんな暑くないけど」

「もう、〇〇うるさい」

 桜が少しむっとした顔をする。

 それが懐かしくて、〇〇は笑った。

「何?」

「いや……」

「また笑ってる」

「なんか、安心した」

「……何それ」

「桜だなって思って」

「どういう意味?」

「電話だと、やっぱりちょっと違うから」

 桜はしばらく黙った。

 そして、少しだけ〇〇の方へ近づいた。

「……私も」

「え?」

「〇〇の隣、やっぱり落ち着く」

 それだけ言って、桜は前を向いた。

 〇〇の胸が、また大きく鳴った。

 三か月。

 たったそれだけなのに。

 こんなにも好きだったことを、改めて思い知らされる。

 その日は、二人でゆっくり街を歩いた。

 特別な場所へ行ったわけではない。

 一緒に昼ご飯を食べて、本屋に寄って、桜が気になっていた店を見て。

 以前と変わらない休日。

 でも、〇〇にとっては全部が特別だった。

「これ、かわいい」

 桜が小さな雑貨を手に取る。

「買う?」

「どうしようかな」

「欲しいなら買えばいいじゃん」

「でも、こういうの増えると置く場所なくなるんだよね」

「じゃあ俺が預かろうか」

「なんで?」

「次会った時返す」

「……それ、次会う約束?」

「そう」

 桜が笑った。

「じゃあ、買う」

「単純」

「だって次があるんでしょ?」

「もちろん」

 その言葉が嬉しかった。

 遠距離になると、「次」が当たり前じゃなくなる。

 次に会える日が決まっていても、それまでの日数を数えてしまう。

 だからこそ、「次がある」と言ってもらえるだけで安心できる。

 夕方。

 二人は海の近くまで来ていた。

 ベンチに並んで座る。

 少し冷たい風が吹く。

「寒くない?」

「ちょっとだけ」

 桜が腕をさする。

 〇〇は自分の上着を桜の方へ寄せた。

「これ使う?」

「〇〇は?」

「俺は大丈夫」

「でも寒いでしょ」

「桜よりは」

「……じゃあ、半分こ」

 桜が上着の端を掴む。

 二人の肩が近づく。

 触れそうで触れない距離。

 しばらく、どちらも何も言わなかった。

「ねえ」

 桜が口を開く。

「ん?」

「三か月って、長かったね」

「……うん」

「最初はすぐ会えると思ってた」

「俺も」

「でも、全然だった」

「毎日連絡してたじゃん」

「そうだけど……」

 桜は海を見つめる。

「やっぱり、会うのとは違う」

「……うん」

「声を聞けても、顔を見ても……隣にはいないから」

 その言葉が胸に刺さった。

 〇〇も同じだった。

 寂しいと言わないようにしていた。

 桜も忙しいから。

 頑張っているから。

 自分まで弱音を吐いたら困らせると思っていた。

「俺も、寂しかった」

 〇〇が言う。

 桜がこちらを見る。

「……ほんと?」

「うん」

「全然言わなかったじゃん」

「桜が頑張ってるの知ってたから」

「それでも言ってよ」

「え?」

「寂しいなら、寂しいって」

 桜の声は優しかった。

「私も言うから」

「……じゃあ」

 〇〇は少し迷ってから、言った。

「めちゃくちゃ寂しかった」

「うん」

「会いたかった」

「うん」

「何回も、会いに行きたいって思った」

「……うん」

「電話切ったあと、もっと話したかったって思った日もあった」

「……私も」

 桜の目が少し潤んでいる。

「私も、何回も〇〇に会いたいって思った」

「桜……」

「でも、我慢してた」

「俺も」

 二人は顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく笑った。

「似た者同士だね」

「ほんとだな」

「もっと早く言えばよかった」

「うん」

 桜が少しだけ〇〇に近づいた。

「じゃあ、今は?」

「え?」

「今は、会いたかったってちゃんと言える?」

「……言える」

「聞きたい」

 〇〇は桜を見る。

「会いたかった」

「うん」

「ずっと会いたかった」

「うん」

「今日会えて、本当に嬉しい」

「……私も」

 桜が笑った。

 その笑顔を見ていると、三か月という時間が嘘みたいに感じられた。

 夜。

 二人は駅へ向かっていた。

 楽しい時間は、いつだって早い。

 時計を見る。

 もう帰る時間だった。

「……もうこんな時間か」

 〇〇が呟く。

「早かったね」

「早すぎる」

「私もそう思う」

 駅が近づく。

 さっきまであんなに楽しかったのに、少しずつ胸が苦しくなる。

 また離れる。

 分かっていたことなのに。

 足取りが重くなる。

「〇〇」

「ん?」

「次、いつ会えるかな」

「……まだ決めてない」

「そっか」

 桜が少し寂しそうに笑う。

「でも、また会えるよね」

「会える」

「絶対?」

「絶対」

「約束?」

「約束」

 駅の前に着く。

 ここで別れなければならない。

 桜が立ち止まった。

「今日はありがとう」

「こっちこそ」

「楽しかった」

「俺も」

「……またね」

「うん。またね」

 桜が一歩離れる。

 その瞬間。

「……待って」

 〇〇が呼び止めた。

「どうしたの?」

「……まだ帰りたくない」

 桜が目を見開く。

「私も」

 その一言で、〇〇の胸が締めつけられた。

 まだ一緒にいたい。

 もっと話したい。

 今日だけじゃ足りない。

 三か月分の時間を、一日だけで取り戻せるわけがない。

「……もう少しだけ、話さない?」

「うん」

 二人は駅から少し離れた場所へ戻った。

 近くの公園。

 ベンチに座る。

「〇〇」

「ん?」

「今日、なんか変だった」

「俺?」

「うん」

「どこが?」

「ずっと私のこと見てた」

「……見てた?」

「見てた」

「だって久しぶりだから」

「それだけ?」

「……それだけじゃない」

「じゃあ何?」

 桜が少しだけ首を傾げる。

 〇〇は答えられなかった。

 好き。

 その言葉だけでは足りないくらい、好きだった。

 遠距離になってから、それがどんどん大きくなっていた。

「……会えなかった分、好きになった」

 桜が黙る。

「前より?」

「うん」

「どれくらい?」

「分からない」

「何それ」

「でも、今日会って分かった」

「何が?」

「俺、思ってた以上に桜のこと好きみたい」

 桜の顔が赤くなる。

「……私も」

「え?」

「私も、前より好きになった」

「……本当に?」

「本当」

 桜が少し笑う。

「だから、会えない時間って嫌い」

「俺も」

「でも……」

「うん」

「その分、会えた時がすごく嬉しい」

 〇〇は頷いた。

 その瞬間、桜がそっと手を差し出した。

 〇〇はその手を握る。

 久しぶりに触れた手。

 温かい。

 それだけで、胸がいっぱいになった。

「……手、繋ぐの久しぶり」

「うん」

「なんか緊張する」

「俺も」

「ふふっ」

 桜が笑う。

 その笑顔が嬉しくて、〇〇も笑った。

 けれど。

 離れる時間は、やっぱり近づいてくる。

 時計を見る。

「……そろそろ」

「うん」

 今度こそ、本当に帰らなければならない。

 二人で駅へ向かう。

 改札前。

 桜が振り返った。

「〇〇」

「ん?」

「今日は、会えてよかった」

「俺も」

「次は、もっと長く一緒にいようね」

「うん」

「約束」

「約束」

 桜が笑う。

 そして、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。

 〇〇はその表情を見て、思った。

 また離れたくない。

 もう少しだけ。

 あと少しだけ。

 そう思ってしまう。

「桜」

「ん?」

「……もう一回だけ、会ってよかったって言って」

「え?」

「聞きたい」

 桜は少し驚いたあと、笑った。

「会えてよかった」

「……うん」

「〇〇に会えてよかった」

「……うん」

「大好き」

 その言葉に、〇〇は何も言えなくなった。

 桜も少し照れたように目を逸らす。

「……じゃあね」

「うん」

 桜が改札を通る。

 少しずつ離れていく。

 何度も振り返って、手を振る。

 〇〇も手を振り返す。

 そして、桜の姿が見えなくなった。

 スマホが震える。

 桜からだった。

『今日は本当にありがとう』

 〇〇はすぐに返信する。

『こっちこそ』

 数秒後。

『もう会いたい』

 そのメッセージを見て、〇〇は笑ってしまった。

 そして返信する。

『俺も』

 すぐに既読がつく。

『次はいつ会えるかな』

『できるだけ早く会おう』

『うん』

 そのあと、少し時間が空いて。

『今日、〇〇がずっと私のこと見てたの嬉しかった』

 〇〇は少し恥ずかしくなる。

『だって三か月ぶりだったから』

『それだけ?』

『それだけじゃない』

『じゃあ?』

 〇〇は少し迷った。

 そして。

『好きすぎて、目を離したくなかった』

 送信。

 既読。

 しばらく返信がない。

「……恥ず」

 スマホを伏せようとした、その時。

『私も同じだったよ』

 その一文を見て、〇〇はまた笑った。

 遠距離恋愛は、寂しい。

 会いたい時に会えない。

 隣にいてほしい時に、電話越しの声しか聞けない。

 嬉しいことがあっても、すぐには顔を見せられない。

 それでも。

 離れているからこそ分かることもある。

 今日、久しぶりに桜に会って思った。

 三か月会えなかったくらいで、この気持ちは薄れなかった。

 むしろ、会えない時間の分だけ強くなっていた。

 次に会える日まで、また頑張れる。

 そう思っていた。

 ――そのはずだった。

 帰宅して、ベッドに横になる。

 スマホを見る。

 桜とのトーク画面。

 今日撮った写真。

 一緒に食べたもの。

 桜が笑っている写真。

 何度見ても飽きない。

 そして、ふと思い出す。

 今日、別れる直前の桜の顔。

「……会いたいな」

 さっき別れたばかりなのに。

 もう会いたくなっている。

 その時。

 スマホが震えた。

『起きてる?』

 桜だった。

『起きてるよ』

 すぐ返信。

『よかった』

『どうした?』

『なんか眠れなくて』

『俺も』

『今日のこと思い出してた』

『俺も』

『……ねえ』

『ん?』

『次会うまで、また三か月とか空いたら嫌だ』

 〇〇は画面を見つめる。

 そして。

『俺も嫌』

 すぐに返事が来る。

『じゃあ、頑張って予定合わせよう』

『うん』

『今度はもっと長く一緒にいたい』

『俺も』

『朝から夜まで』

『それでも足りないかも』

『ふふっ』

『桜?』

『何でもない』

『絶対何かある』

『……私も足りないと思っただけ』

 〇〇はスマホを握り直す。

 三か月ぶりに会えた一日。

 それでも足りなかった。

 もっと一緒にいたかった。

 もっと話したかった。

 もっと笑いたかった。

 そして――。

 もっと、桜の隣にいたかった。

 しばらくして、桜から最後のメッセージが届いた。

『次に会う日、ちゃんと決めようね』

『うん』

『絶対だよ』

『絶対』

『じゃあ、おやすみ』

『おやすみ』

 画面を閉じる。

 静かな部屋。

 でも、不思議と寂しくなかった。

 今日、桜と会えたから。

 そして、次に会う約束ができたから。

 遠距離恋愛は、会えない時間が長い。

 だからこそ、会えた時の幸せは大きい。

 その幸せを知ってしまったら、もう簡単には戻れない。

 〇〇は目を閉じる。

 頭の中に、今日の桜の笑顔が浮かぶ。

 そして、最後に聞いた言葉。

『大好き』

 思わず笑ってしまう。

「……俺も大好き」

 誰もいない部屋で呟く。

 三か月ぶりに会った彼女は、以前と何も変わっていなかった。

 いや。

 少しだけ変わっていた。

 離れていた時間の分だけ、もっと大切になっていた。

 だから次に会った時も。

 その次に会った時も。

 きっと同じことを思う。

 会えば会うほど、もっと会いたくなる。

 離れれば離れるほど、もっと好きになる。

 ――遠距離恋愛なんて、簡単じゃない。

 それでも二人なら、大丈夫だと思えた。

 次に会える日まで。

 それぞれの場所で頑張って。

 また笑って会えるように。

 そして次に会った時は――。

 今日よりもっと、離れがたくなるくらい。

 二人で過ごす時間を、大切にしよう。

 そう思いながら、〇〇は眠りについた。

 その翌朝。

 目を覚ましてスマホを見ると、桜からメッセージが届いていた。

『おはよう』

 そして、その下にもう一通。

『次会う日、決めたよ』

 〇〇は眠気も忘れて画面を見つめる。

『いつ?』

 すぐに返信する。

 数秒後。

『来月』

「……早っ」

 思わず笑う。

 さらにメッセージが届く。

『今度は一日じゃ足りないから、もっと一緒にいようね』

 〇〇は少しだけ考えてから、返信した。

『もちろん』

 そして最後に。

『もう今から楽しみ』

 送信。

 既読。

 桜から届いた返信は、短かった。

『私も』

 たった二文字。

 なのに、それだけで胸がいっぱいになった。

 遠距離恋愛中の二人にとって。

 「またね」は、別れの言葉じゃない。

 次に会うための、約束だった。

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