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支援学校の先生に遠慮してしまう
支援学校に通う末っ子。
参観日に行くたびに思うことがある。
それは、先生に遠慮してしまう自分がいること。
末っ子のクラスには、末っ子より体も大きくて、動きも激しくて、声も大きな子がたくさんいる。
もちろん、その子たちも一生懸命学校生活を送っているし、先生たちも本当に頑張ってくださっている。
だからこそ、私は何も言えなくなる。
正直なところ、参観日に見ていると、先生が他の子の対応に追われていて、末っ子はあまり構ってもらえていないように感じることがあった。
でも、末っ子だって大変だ。
言葉で気持ちを伝えることはできないし、困っていても自分から助けを求めることも難しい。
なのに、もっと大変そうな子を見ていると、
「うちなんてまだマシかな」
「先生も忙しいもんな」
そう思ってしまう。
そして結局、何も言えない。
本当は、
「最近の様子をもう少し聞きたいな」
「こんな時どうしていますか?」
そんな小さなことを聞きたいだけなのに。
支援学校の先生は本当にありがたい存在だ。
感謝もしている。
でも、感謝していることと、親として気になることを伝えることは別なんだと思う。
遠慮しすぎてしまうと、末っ子のことを一番知っている親の声が届かなくなる。
最近は少しだけ、
「先生も人間」
「私も親」
そう思うようにしている。
クレームではなく相談。
要求ではなく共有。
そのくらいなら伝えてもいいのかもしれない。
参観日の帰り道。
今日も先生たちの忙しそうな姿を見ながら、そんなことを考えていた。
親として遠慮する気持ちと、我が子を見てほしい気持ち。
その間で揺れるのは、きっと私だけじゃないと思う。
