『50万の最新カメラも高額レンズもいらない。RAW現像を知った僕が「安いレンズを何本も持つ」理由』


EF50mm F1.8 STM(中古1万円のレンズ)
直方市の高尾山にて
最新のフルサイズミラーレスカメラの価格を見るたび、深いため息が出る。 ボディだけで30万、40万。そこに最高峰のLレンズを足せば、あっという間に50万〜60万円を超えていく時代だ。

「本当に、自分の写真表現にそこまでの投資が必要なのだろうか?」
カートに商品を入れかけてはブラウザを閉じる日々を繰り返し、僕はひとつの結論に達した。
「静止画だけに拘るなら、最新ボディも高額レンズもいらない」
写真の主導権は「カメラ」ではなく「自分」にある
僕の撮影スタイルは100%静止画だ。動画は一切撮らない。 そして、カメラが勝手に作った「撮って出しJPEG」にも興味がない。
自分の記憶や表現したい世界観に合わせて色やトーンを追い込みたいから、写真はすべてRAWで撮る。
RAWで撮る人間にとって、カメラ本体は「光のデータを集めるセンサー」に過ぎない。 最新機が誇る過剰な動画性能や、AIによる過保護な自動補正に何十万円も払う必要はないのだ。約3,000万画素の豊かなデータ量を吐き出してくれるEOS Rがあれば、画質も表現力も何ひとつ不満はない。
「ノイズが出たらどうするのか?」 後からRAW現像ソフトで消せばいいだけだ。近年の現像ソフトのディテール復元性能は凄まじく、高感度ノイズなど一瞬で消し去ってくれる。

高額レンズ1本より、手頃なレンズを何本も持ちたい
レンズに対する考え方も変わった。
かつては「周辺減光」や「歪曲収差」を抑えるために、重くて高額な大口径レンズを買うのが正義とされていた。しかし今は、レンズの弱点など現像ソフトのプロファイル補正が一瞬で補正してくれる。

充分でない?中古1万円で
それなら、50万円する最高級レンズを1本だけ持って大事に使うより、手頃で個性的なレンズを何本も持っている方が、よっぽど写真が楽しくなる。
街を軽快に歩くためのコンパクトなパンケーキレンズ
被写体の質感やミクロの世界に肉薄するマクロレンズ
ダイナミックな空間を切り取る広角レンズ
遠くの情景を引き寄せる望遠レンズ
画角が変われば、世界の見え方が変わる。視点が変われば、切り取れるストーリーが変わる。 物理的な「画角と距離感のバリエーション」だけは、どれだけ高額な1本のレンズでも、どんな優れた現像ソフトでも作ることができないからだ。

投資すべきは「ハードウェア」ではなく「体験と表現」
完璧すぎる高価なレンズで撮った写真は、時に優等生すぎて退屈に思えることもある。 少し癖のある手頃なレンズを使い、収差や光の癖を自分の表現の「味」として現像で調理する。それこそが、写真家としての腕の見せ所であり、醍醐味ではないだろうか。
カメラのモデルチェンジ周期に振り回され、スペック競争に追われるのはもうやめよう。
高額な機材を買うために使うはずだったお金は、最高の現像ソフトを揃え、新しいレンズをカバンに忍ばせ、まだ見ぬ風景を撮りに行く「旅の費用」に使いたい。
写真は、カメラが撮るものではなく、自分が描くものなのだから。
