生でホタルを見た人生と、そうでない人生
ホタル鑑賞会に参加した。
野生ではないが、小屋の中に放たれた本物のゲンジボタルを見ることができた。
ホタルという存在自体は、多くの人が知っていると思う。図鑑にも載っているし、テレビや動画でも見られる。
私も知識としては知っていた。
東日本のゲンジボタルは「ぴかーっ、ぴかーっ」とゆっくり規則的に光る。一方、西日本では「ピカッ、ピカッ」とより速いリズムで光る。そんな話も聞いたことがあった。
けれど、本物を見ると知識は一気に実感へと変わる。
さらに、光の色は一色ではない。黄色っぽいものもいれば、緑がかったものもいる。
光は思っていたより小さく儚い。近くで触れてみても熱は感じない。そして暗闇の中で浮かび上がる光は、想像以上に幻想的だった。
たぶん、図鑑や動画だけでは分からなかったことだと思う。
最近は、ホタルを野生で見る機会は少ない。
だからこそ思った。
生でホタルを見た人生と、そうでない人生には違いがあるのではないか。
もちろん、それだけで人生が大きく変わるわけではない。
けれど、「知っている」と「見たことがある」の間には大きな差がある。
さらに、「見たことがある」と「触れたことがある」の間にも差がある。
本物に触れた経験は、その後の物事の見方に厚みを与える。
学校で学ぶ知識も同じなのかもしれない。
教科書で読むだけではなく、実際に見て、聞いて、触れてみる。その体験があるからこそ、知識は単なる情報ではなく、自分の中の実感になる。
ホタルを見ながら、そんなことを考えていた。
生きた教材は、人の記憶に残る。
そして、その小さな体験の積み重ねが、その人だけの人生をつくっていくのだと思う。
