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暴走族の3年間

暴走族だった三年間――16、17、18の青春

オレが暴走族だったのは、16、17、18歳。

たった三年間だった。

だが、その三年間は、今振り返ってみても、とてつもなく濃い三年間だったと思う。

若かった。

怖いものなんか、ほとんどなかった。

いや、本当は怖いものだってあったのだろう。でも、それを「怖い」と口に出すことのほうが恥ずかしかった。

だから突っ張った。

突っ張って、突っ張って、どこまでも突っ張った。

それがオレたちの青春だった。

北海道という土地には、北海道なりの暴走族の苦労がある。

夏なら好きなだけ車高を落とせる。

ところが冬になれば雪が降る。道路には雪が積もり、圧雪になり、夜になればアイスバーンになる。

そんな道路を車高短の車で走れるわけがない。

だから夏になると車高を下げ、冬が近づくとまた上げる。

北国の暴走族には、そんな面倒な作業がついて回った。

それでも夏になれば、また下げる。

低ければ低いほど格好いい。

そう思っていた。

ところが、あまりにも車高を落とすと、ガソリンスタンドに入るだけでもひと苦労だった。

ちょっとした段差でも腹を擦る。

それでもオレたちは気にしなかった。

車が跳ねようが、腹を擦ろうが、とにかく格好よく走りたかった。

前を低くして、後ろを持ち上げる。

今考えれば、とてもまともにカーブを曲がれるような車じゃない。

それを平然と乗り回していた。

速さにも、だんだん感覚が麻痺していった。

最初は怖かった速度も、毎日のように走っていると慣れてしまう。

それが一番怖いことだったのだろう。

でも、16や17のオレたちには、そんなことを考える頭なんかなかった。

走る。

仲間と固まる。

自分たちの存在を見せつける。

それだけだった。

そして道を走っていて、対向車線から敵対する暴走族がやってくれば、空気が一瞬で変わった。

「道譲れ、コラ」

そんなところから始まる。

こっちも引かない。

向こうも引かない。

たったそれだけのことで喧嘩になる。

今なら馬鹿馬鹿しい話だ。

道路なんて誰のものでもない。

でも、あの頃のオレたちには、自分たちが走っている道そのものが縄張りのように思えていた。

最終的には、双方の頭、つまりリーダー同士が出て話をつけることも多かった。

あの頃の北海道には、本当にいろいろな暴走族がいた。

北海道連合、空知連合、その他にもいくつものチームがあった。

まさに暴走族の時代だった。

だけど、オレたちは連合には入らなかった。

オレたちは「鴉党」という自分たちのチームを大きくしたかった。

人の看板の下に入るより、自分たちの看板を大きくしたかった。

北海道連合に入っていれば安心だ。

そう考える奴もいただろう。

大きな組織に入れば、何かあったときに後ろ盾になる。

それはオレたちにだって分かっていた。

それでも入らなかった。

意地だった。

どうせやるなら、自分たちで大きくしたい。

そんな気持ちが強かった。

いつか自分たちで大北海道連合みたいなものを作ってやろう。

本気でそんなことまで考えていた。

若いというのは恐ろしい。

夢がでかいのか、ただ無謀なのか、その区別すらつかない。

服装も、いかにもあの時代だった。

剃り込みを入れる。

眉毛を細くする。

ダボダボの服。

ダボダボのズボン。

そしてサングラス。

オレは45度と呼んでいたサングラスをかけていた。

身体が大きいわけではない。

だからこそ、目で負けないようにしていた。

相手を見る。

睨む。

絶対に先に目をそらさない。

そんなくだらないことに命を懸けていた。

いつも喧嘩腰だった。

誰かに舐められることが、一番嫌だった。

チームの中には、きっちりとリーダー格がいた。

八人。

その八人が中心になり、残りの隊員をまとめていた。

仲間は固まって走った。

一台ではない。

何台もの車が連なり、編隊を組む。

それだけで気持ちが大きくなった。

一人なら怖い相手でも、後ろに仲間がいると思えば引かなかった。

それが集団というものなのだろう。

当時の喧嘩は、今思い返せば本当に危険だった。

メリケンサック、金属バット、三段警棒。

そんな物まで持ち出す連中がいた。

車も標的になった。

オレたちにとって車は命の次に大事なものだった。

時間をかけて磨く。

少ない金をつぎ込む。

自分好みに仕上げる。

ピカピカに磨いた車を眺めているだけで満足だった。

だから、その車を傷つけられると逆上した。

当然だ。

オレたちだって相手の車を傷つけることがあった。

だったら、自分たちがやられる可能性だってある。

自分たちがやることは、自分たちもやられる。

そんな単純なことさえ、当時は深く考えなかった。

ただ、やられたらやり返す。

負けたら終わり。

舐められたら終わり。

そんな世界だった。

喧嘩することが、生きている証明みたいになっていた。

今のオレが16歳のオレに会ったら、たぶん言うだろう。

「お前、何をそんなに怒ってるんだ」

でも16歳のオレなら、今のオレを睨み返すかもしれない。

「うるせえ。これがオレの生き方なんだ」

きっと、そう言う。

それほど真剣だった。

大人から見れば馬鹿なことでも、本人たちにとっては馬鹿なことではない。

そこには仲間がいて、意地があって、プライドがあった。

そして、青春があった。

オレたちは18歳になったら卒業する。

そんな気持ちで走っていた。

16歳。

17歳。

18歳。

たった三年間。

ところが、ちょうどオレたちが18歳になる頃から、暴走族を取り巻く時代そのものも変わっていった。

警察の取り締まりは厳しくなっていった。

暴走族を自由に走らせない時代になっていった。

大きかったチームが消え、集団も小さくなっていく。

オレたち自身が卒業する時期と、ひとつの時代が終わっていく時期が重なったように思う。

学生運動の時代があった。

そのあとに、オレたちのような暴走族が街に現れた。

そして暴走族の時代も、やがて姿を変えていった。

今なら「半グレ」だとか、また別の呼ばれ方をする若者たちがいる。

時代によって名前も格好も変わる。

でも若者が集まり、仲間を作り、自分たちの存在を世の中に叩きつけようとする気持ちは、案外いつの時代も似ているのかもしれない。

オレたちは街を走った。

夜の北海道を走った。

夏になれば車高を落とした。

冬になれば車高を上げた。

雪が解ければ、また走り始めた。

サングラスをかけ、眉毛を細くし、ダボダボの服を着て、仲間と固まった。

誰にも負けたくなかった。

誰にも舐められたくなかった。

自分たちのチームを大きくしたかった。

北海道連合にも入らなかった。

自分たちは自分たちだと思っていた。

今思えば、本当に危ないこともした。

一歩間違えば取り返しのつかないことになっていた。

それでも、あの頃のオレには、それがすべてだった。

16歳から18歳まで。

人生全体から見れば、たった三年間である。

だが、不思議なもので、その三年間の景色は今でも頭の中に残っている。

夜の道路。

車の音。

仲間の顔。

低く落とした車高。

北海道の短い夏。

そして冬になれば、すべてを覆ってしまう雪。

雪が降れば走れない。

春が来れば、また車をいじる。

そして再び夜の街へ出ていく。

そんなことを繰り返していた。

オレたちは何かを探していたのかもしれない。

何を探していたのかは、今でも分からない。

強さだったのか。

仲間だったのか。

自分の居場所だったのか。

それとも、ただ若さを持て余していただけなのか。

今となっては答えなんか出ない。

ただ一つ言えることがある。

あの三年間を、オレは忘れていない。

褒められる青春ではなかった。

真似してほしい青春でもない。

危険で、無茶で、馬鹿なことも山ほどやった。

それでも、それも間違いなくオレ自身の人生だった。

16、17、18。

北海道の短い夏と長い冬の中を、オレたちは走った。

突っ張って、突っ張って、突っ張った。

誰にも負けたくなかった。

そして18歳。

オレたちは暴走族を卒業した。

車のエンジンを切れば、あれほど騒がしかった夜が嘘のように静かになる。

あの静けさだけは、今でも覚えている。

あの三年間。

あれもまた、オレの青春の一ページだった。



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