水槽を眺める時間かもしれない
いま、わたしは水槽の前に座っている。
ざっと5種類くらいの小さな魚が、
いろんな方向に泳いだり、
かと思えばじっと止まっていたりする。
なにをするわけでもなく、
ただずっと、ぼんやり水槽を眺めていた。
他のことをするのは、
いまはなんだかもったいない。
水の音が心地よい、
照明の光にあたたかさを感じる。
いつもなら気づかない、
意識すらしない癒しに気づく。
こういう時間っていつ振りだっけ?
忙しく生きているわけではないけれど、
むしろ結構ひまなほうだけど、
「ただぼんやり眺める」とか、
そういう時間って久しぶりかもしれない。
魚が泳ぐ方向なんて気にしたことがなかった。
水草の種類を知りたいなんて思わなかった。
なんだか不思議な感覚がした。
落ち着く時間だな、
ずっと続けばいいな、と。
意識の方向をちょっと変えれば、
いつもは見えない景色がみえる。
こういうのが「余白」ってことなのかな。
まだまだやることは山積みだけど、
今日はもういいや。
ひとにはきっとこういう時間が必要だ。
