無限で雄弁
この劇場の盆の上って、
なんかひとり取り残されたみたいな没入感があるー。
なんか死んだみたいな気持ちになるー。
いつだったか、いい感じに素敵にギャルっぽい踊り子さんが言っていた。
なにげなく無邪気に発したような言葉だったが、
妙に心に貼りついている。
そんな言葉をふと思い出したのは、
このところ踊りや落語について想いを馳せたり反芻することが多いから?
プロレスについて考えることも多いから?
すこしまえに書いた「その身体(は)ひとつ」と
同じようなつぶやきになるが、書いておきたい、置いておきたい。
なんだか、よく考えると途方もないというか果てしないというか
こわいような、ほんとうに「究極」だな、なんて(改めて)思うのだ。
舞台って芸って(リングって)。
一人なんだ。
舞台(高座)の上に。
(プロレスは2人(以上)やん、とか、
それはそうなんだがその上で言っている)
一対大勢。
一対大勢、の中、一対一。
体ひとつで。
一対一と一対大勢。
一体一、それは自分と表現する曲だったり曲の中の物語だったり、
なにかイデオロギーだったり、今の感情であったり、
それを一体大勢、今日お集りの御見物へ、体で、見せる。
それは圧倒的な、とてつもない「生」で、そしてその反対で、
だからやっぱり「生」だ。
夢幻?
いや、途方もない、リアル。
人間は有限だが、表現とは無限で、体は雄弁、
それぞれの限られた「生」の中で。
「その体」が、
他ならぬ、他に同じものはひとつもない「その体が」、
なにかを、誰かに、あなたにわたしに、皆に。
それを、大勢は、「一対一」として受け取る、大勢の中で。
孤独、そして、無限。
だから人は、舞台というものに惹かれてやまないのかもしれないな。
劇場という不思議で「人間」な場所に導かれるようにして
立ったり座ったりするのかもしれないな。
そこで、さあ、あなたは何を見せる? 見る?
あなたの日々の舞台(リング)で。
さあ、舞台に立って、あなたのやり方で、何をやる? 見せる?
滲むで。滲んでるで。
日々ってきっと、たぶん、とても、そういうこと。
体ひとつで。
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この夏のちょっと面白いあたらしいお知らせももうすぐです。ふふふふふ。

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ライター/エッセイスト/構成作家の
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