AIと氷の像
先日、AIについての話を聞く機会がありました。
前段として、これまでの動向の説明がありました。
最初に登場したのは「プロンプトエンジニアリング」。
AIにどう質問するかという技術で、この頃は、質問の仕方ひとつで答えが大きく変わりました。
次に来たのが「コンテキストエンジニアリング」。
AIに何を見せて、どう指示するかという考え方です。もちろん、プロンプトエンジニアリングがなくなったわけではありません。
そして今年、「ハーネスエンジニアリング」という言葉が出てきました。
AIが賢くなり、自律的に作業を進められるようになった分、道を外さないよう手綱(ハーネス)を握る仕組みが必要になってきた、ということのようです。
実際、AIに指示すると、大抵のことはいい感じに対応してくれます。ただ、正直なところ「なんかちょっと違う」という感覚が残ることが多いです。
個人で使う分には、ダメージはそれほど大きくありません。でも、大勢の人が関わるプログラムで、完成してから「何かちょっと違う」では困ります。
このため、AIに指示する前には、機能や仕様をよくよく考えておく必要があります。また、AIはたくさんのルールや禁止事項を覚えていられないので、「やってはいけないこと」を並べるのではなく、「やってほしいこと」を明確にしなければなりません。言うのは簡単ですが、これはとても難しいと思いました。
昔読んだ古い漫画に、ペンギンの島で暮らす女の子の話がありました。
(『オーロラ放送局』ますむら・ひろし)
その中に、ペンギンの研究者が登場するエピソードがあります。
研究者が作っていたのは、頭に機械をつけてイメージすると、その通りの氷の像ができあがるという装置です。ただし、くっきりしたイメージが持てないと、形が定まりません。発明した研究者自身も、まともな氷の像を作れずにいました。
ところが、主人公の女の子は、しっかりした大きな像を作ることができました。それを見たペンギンの研究者は、くっきりしたイメージだけでなく、強い意思がなければ、こんなに大きな像は作れないと言います。
頭の中では「分かっている」つもりでも、実際の像が作れるほどにははっきりしていない。「こうなったらいいな」という、ふわっとした希望はあっても、大きな形を作り上げられるほどの強い思いはない。他人から見たら「これは何?」という氷の像しか作れないのが、私たちの頭の中の標準的な状態のようです。
この先、AIに対するエンジニアリングの呼び方がどう変わっても、自分が欲しいもの、欲しい機能をしっかりイメージできていなければ、「何かちょっと違う」氷の像は、これからもたくさん生まれてしまう気がします。
問われているのはAIの賢さよりも、人間のイメージの解像度と、思いの強さなのかもしれません。
