note執筆にAIを使い始めた話と「摩擦」について
仕事ではガンガンAIを使っているが、この自分のnote、別名「内省エッセイ」だけは絶対に手で書くぞと決めていた。
AIに、アタシの心がわかってたまるか!
アタシの人生はアタシにしか書けない!
という謎の意地と自信があったから。
がしかし、そんな私も最近いよいよAIを使い始めた。
………って書くと「フッ 負けたのね」と思われそうだが、先に結論を書いてしまうと、AIに書かせるのではない。相変わらず手で書いている。
ではどこでAIを使うのかというと、書き終わった後、公開前に「このnoteを読んで傷つく人がいる可能性を指摘してください」とオーダーしている。
かねてより、自分で自分のnoteを読み直す際に最も注視していたポイントでもある。
私のnoteはあくまで私の内省エッセイなので、超★個人的な話に終始するわけだが、そんなディスクレーマーを入れていたとしても誰かを傷つけるようなものは書きたくない。
人を傷つけるためにnoteを書いているんじゃないから。
ただ、この動画↓で土門蘭さんがおっしゃる「摩擦」はあってもいい、むしろ人間として書くからには摩擦のある文章を書きたいと思っているなぁ、ということは最近気づいたことだ。
土門さん曰く、「生きること」とは「摩擦に触れること」。
土門さんにとっての「摩擦」は、単なるストレスや衝突ではなく、「自分が今、心と体を持って確かに生きている」という実感を創り出すもの。
つまり「摩擦」によって人は自分を知っていくのだと。
(以下、自分が考えたことなので土門さんの「摩擦」の話とは違うニュアンスに歪曲していたらすみません)
考えてみれば、NOT 傷つける BUT 摩擦 の塩梅を、発信を始めて以来6年間ずっと考えてきたような気がする。
摩擦のない文章なんておもしろくない、と思うから。
読んだ方が「こんなことあったなぁ私にも」と矢印を自分に向けてしみじみする、「わかる、わかるよ」と眠っていた熱が呼び起こされる、「そんなふうに思う人もいるんだぁ」「そんな人生もあるんだぁ」と発見がある、どこか違和感を覚えたりなぜかザワザワしたりして内省が始まる、自分の好きなところが呼び起こされる、自分のイヤなところに光があたる、何か取り入れてみようと思える(ご自愛プランとか)…………
滑らかに読めるけど何も引っかからない文章よりは、無骨でも何かしらのきっかけになる可能性のあるものを書きたかった。
せっかく生きている人間が生きている人間の書いたものを読むのだから、時間という命を使って読んでくれるのだから、触感のあるものを出したい。
そのために文筆家でもなんでもない私にできることは、私という、一人の生身の人間がここに生きていて感じて考えていることをできるだけ鞣さずに、微細な凹凸のまま読む人の心に擦り付けること。
そして、その摩擦熱を感じ取れることが、書くことの喜びになっていた。
でも、傷つけるのはダメだ!というルールの方が優先される。
そもそも「人が傷つく」とはどういうことか。
私は「否定」だと思う。
「間違ってるんだ」「価値がないんだ」と思わされること。
「ごめんなさい」と言いたくなること。
それが「傷つく」ということだと思う。
私は誰のことも断じられる立場になく(そんな立場の人間は存在しないのですが)、断じたいとも思わないので、誰のこともどんな考え方も否定したくない。だから人を傷つける文章は書かない。書いた文章で誰かを傷つけたと知ったら病む。自分のことが嫌いになる。
そこでAIを便利に使わせてもらっているというわけだ。
私一人であらゆる視点を想定して、摩擦どころか切り傷・刺し傷になってしまわないか?を点検するのは限界があったから、AIがありがたい相棒になってくれている。
たまに「おっ、たしかにそうだね!その視点は欠けてたわありがとう」とハッとするような良い指摘をもらえるので、もちろん完璧ではないのだろうが重宝している。
ちなみに、傷つけるかもしれないポイントが検知できたら、「あくまで私個人の意見であって」「正しいとは思っていないが」「こう思う人もいるよというただの感想です」などなどクッション文節を追加することが多い。ザワっとさせたとしても、否定はしていませんのでねと伝われば幸いである。
言い回しをガラッと変えることも、その表現をカットすることもある。
「正しい・間違っている」で語れることなんかほとんどないのに、世の中には「快・不快」「好き・嫌い」を「正・誤」で語る人・受け取る人が一定数いるので、慎重にならざるを得ない。
私が何かを批判していたとしてもそれは私がただ「あたしはこれが嫌い!」と吠えているに過ぎず、子供の「ニンジン嫌い!」と変わらないのに、ニンジンやニンジン好きは傷ついてしまう可能性があるので、表現には本当に注意が必要だと常々思う。
大学の授業と仕事の両立がなかなか厳しくなってきた今日この頃ですが、「摩擦以上傷未満」の文章を、AIにも協力してもらいつつ細々と書き続けられたらなと思います。
これまで読んでくださった方、ありがとうございました。
できたら、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
