伝わるかわかんない話@富士山近く
29日、関西から夜行バスで富士山近くに行ってきました。
1日しか休みがなかったし
いま、富士山見たい、虹ミタマさんの神楽を観たいと思ったからでした。
だいぶ変態だなと思いながら😅
車窓でなく肉眼で直接見るのは初めて。言葉で言えない存在感があった…

こんなに小さく見えるんだろ🤔
神楽は
びっくりで
これまでと違う
山宮浅間神社は本殿がなくて富士山遥拝所だけがある所でした
普段鍵のかかった外の空間を開けて
衣装をかえて裸足になるみなさん(ほぼ初対面)
さっきまでなごやかに話してた人が
スッと声かけづらいような雰囲気を背中に帯びる
今の時代の人じゃなくなった と思った
そんな事は初めて
鳴っているのは大好きな虹ミタマさんの音楽だが
地に伏して叫んでいるのは
そこから起き上がるのは
何人分?これはいつの誰?どこの言葉
ついでに私もここに来てるって何なんだろう?と混乱した
分からないけど
何者かにならなくていい
もっと楽しんで
もっと生きて
生きて
放て
そんなメッセージをその場の皆からがんがん聞いた
神楽が終わる頃、歓声が上がって、
曇っていた空がさーっと晴れて大きな大きな富士山が見えていた。
何だかこんな事にも驚かなくなって同じように喜んでる自分のほうに驚く。
ここは、溶岩が流れ止まった所
一万年前の何かが埋まっている所
隣にいた地元のおじさまが語ってくれた
行く前、私は車がなくて
滝や現地に辿り着くのが無理なら富士山だけでも見て帰ればいいやと半分思っていた
前日に虹ミタマさんにばったり会って予定を変えて今日は来た、と言われてた地元の親切な方がいなかったら私はここに来れなかった
しかも私の住んでる市にたまに来られてるとのこと。そんなことある?
農業や水のこと 思考のこと たくさん教えていただいた
私が聞いても目を逸らしてきたこと
逸らして、私は何をすればいいか分からないと言っていた
農協から指定される農薬を断るすべなんかないでしょう?
農協にお米を買ってもらうのだから。
きれいな水が必要と言われても
お金をかけて何かを買ったら
家族に「だまされてる」って責められるじゃない?
それでも理解されない場所へ何を投げ出しても来る私は何だろう
皆で手を繋いで輪になっている時
ずっと左足先が攣っていた
後で、なんででしょうね?と初めて会う人たちにたずねる
前に骨折したからかな?あははと言ったら
「心は完全にひらいているのに、体がまだ拒否してるって言ってる」
とのこと。
誰が言ってるの?となぜか聞けなかった
いきなり何か始められなくても
そういう方向をまずは見るだけでも。
こうして書くだけでも。
いいかな
