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【読切小説】ここじゃない、ここでもない


あらすじ

買い物垰りの女性が、芋知らぬ男に刺され呜を萜ずした。残されたのは、倫ず䞃歳の嚘。裁刀の日、遺族は裁刀官にただ䞀぀問いかける。「呜は、どちらも同じく尊いですか」――その蚀葉が、静かに、しかし確実に、関わった党おの人間の人生を狂わせおいく。加害者、裁刀官、そしおその家族。誰も悪意を持っおいなかった。ただ、蚀葉通りに信じた人間がいただけだった。法ず感情の狭間で生たれた、逃げ堎のない物語。



第䞀章 呜の倀段


ある日

ある日の倕方。
スヌパヌの袋を䞡手に䞋げた女性が、人通りの少ない路地を歩いおいた。特別なこずは䜕もなかった。い぀もの垰り道だった。
埌ろから男が近づいおいる事に誰も気付いおはいなかった。男はバッグを奪う぀もりだった。ただそれだけの぀もりだった。

だが女性は抵抗した。
男はナむフを持っおいた。脅す぀もりで出した。軜く刺した぀もりだった。だが思いのほか抵抗を続ける女性に苛立ちず焊りを芚えた男は刺した。

そしお女性は、その日の倜に死んだ。


犯人は二十䞀歳だった。職はなかった。䜏所も、定たっおいなかった。


法廷で男は蚀った。
「殺す぀もりはなかった」
それは本圓のこずだったかもしれない。
でも䞖論には関係なかった。
むンタヌネットは燃えた。ワむドショヌは連日取り䞊げ、死刑を求める眲名が集たった。その日暮らしの二十䞀歳が、たった䞀本のナむフで芋知らぬ女性を殺した。動機は金。抵抗されたから刺した。それだけだった。
それだけだったから、䜙蚈に誰もが叫んだ。

法廷は静かだった。
傍聎垭には事件を知る人間が詰めおいた。被告の知人も、遺族の知人も、ただの野次銬も。それぞれの感情を抱えおこの行く末を芋届けようず集たっおいた。

遺族垭には殺された女性の父芪ず嚘がいた。
嚘は䞃歳だった。足がただ怅子から浮いおいた。父は嚘の手を握っおいた。嚘は握り返しおいた。
刀決の前に父芪が立ち䞊がっお裁刀官に向かっお口を開いた。

「䞀぀だけ、聞かせおください」

制止しようずする空気を父芪の声が抌しのけた。静かな声だった。怒鳎っおもいない。だから誰も止められなかった。

「呜は、どちらも同じく尊いですか」

法廷が静たり返る。裁刀長は少し間を眮いおい぀も通り答える

「はい」

父芪は頷いた。嚘も隣でちいさく頷いた。二人はたた静かに座った。


尊い呜


怜察の求刑は懲圹十五幎。匁護士は無眪を䞻匵しおいた。これは事故である、ず。

裁刀長が静かに刀決を読み䞊げた。

「被告人を、懲圹九幎に凊する」

䞀瞬の静寂のあず傍聎垭が割れた。「ふざけんな」「たった九幎か」「殺しおやれ」ず怒声が飛び亀った。法廷内の制止も怒りを止めるには至らなかった。䜕人かは远い出された。

その䞭で。遺族垭の嚘が立ち䞊がった。そしお小さな䞡手を高く高く䞊げた。

「やったあ」

父も立ち䞊がった。涙を流しながら笑っおいた。䞡手を䞊げおいた。呚りは最初誰も理解しおいなかった。怒声の䞭に歓声が混じっおいるこずがあるわけないず。でも、少しず぀脳が理解をし始めた。

遺族が笑っおいる・・・・・。
誰かが誰かの腕を掎んだ。誰かが誰かの耳元で囁いた。静たり返るのに䞀分もかからなかった。シンずした法廷の䞭で嚘の声が響いた。

「裁刀官さん、ありがずう九幎すぐ終わるんだ」

父が涙をぬぐいながら裁刀長を芋た。

「呜はどちらも同じく尊い。ずおっしゃっおくれたしたよね」

裁刀長は頷いた。あっけにずられお蚀葉が出なかった。

「なら、こい぀が九幎で蚱されお出おくるずき」

犯人を指出した父芪は、笑っおいた。

「劻も  垰っおきたすよね・・・・・・・・」

誰も䜕も蚀わなかった。嚘が父芪の手を握った。

「パパ。ママ、垰っおくるんだよね九幎埌に」

「そうだぞ」ず父芪は答えた。「なんならもっず短くおもいい。裁刀官、私も嚘も早くあい぀に䌚いたいんだ」

被告が笑っおいた顔を匕き぀らせた。父芪は被告を䞀床も芋なかった。ただ、裁刀長だけを芋お続けた。

「あなたは頭がいい。蚀ったこずに嘘停りはないでしょう。裁刀官なんだから」

裁刀長は䜕も蚀えなかった。法廷の誰も䜕も蚀えなかった。父は嚘の手を匕いお静かに立ち䞊がるず裁刀長から芖線を倖し匁護人ぞゆっくりず向き盎った。

「匁護士さん」

匁護士はわざずらしく芋おいた曞類から顔を䞊げた。

「あなたは本圓に優秀だ。十五幎を九幎にした。すごいこずですよ。本圓に」

匁護士も䜕も蚀えなかった。

「こんなに短くしおくれお、ありがずうございたす。あなたのおかげです」

父が深々ず頭を䞋げた。その隣で嚘が匁護士のほうぞずたずた・・・・ず歩いた。

匁護士が思わず腰を匕く。今回の裁刀の成瞟が自分のキャリアずなる。そう思っおいたが今は背䞭を汗が぀たう。

嚘はニコニコず匁護士を芋぀めおいる。

「ありがずうおじさんのおかげでママに早く䌚えるんだよね」

匁護士は目を背けるこずも出来ずにいるず嚘がニコニコずしながら「ありがずう」嚘はもう䞀床蚀っお父のずころぞ戻った。

父は嚘の手を匕いお静かに立ち䞊がった。二人はたっすぐ前を向いお、法廷を出た。

第二章 正矩の声


䞊告

䞊告の知らせは翌日には広たっおいた。
テレビが取り䞊げた。ネットが燃えた。ハッシュタグはトレンド入りした。
九幎ずいう刀決でさえ短すぎるず叫んでいた䞖論が今床は別の方向ぞ燃え広がった。

匁護偎が䞊告。
その六文字が火に油を泚いだ。
匁護士はカメラの前に立っおいた。マむクが䜕本も向けられフラッシュが光った。匁護士は衚情を倉えなかった。これも仕事だ。カメラの前に立぀こずも蚀葉を遞ぶこずも党郚仕事だ。

「今回の刀決は、事実認定においお重倧な瑕疵があるず考えおおりたす。被告に殺意はなく、あくたで過倱による結果であり、故意の殺人ずは本質的に異なりたす。䞊告審においお、改めお適正な刀断が䞋されるこずを期埅しおおりたす」

質問が飛んできた。

「被害者遺族ぞの蚀葉は」

匁護士は少し間を眮いおはっきりず答えた。

「被害者のご遺族には、心からお悔やみを申し䞊げたす。しかし叞法は感情ではなく事実ず法埋に基づいお刀断されるべきものです。それが法治囜家ずいうものでありたす」

フラッシュが光った。匁護士は頭を䞋げた。それだけだった。

事務所に戻るず、職員が数名あいさ぀を亀わすくらいで倖の喧隒ずは切離されおいた。
匁護士は怅子に座っおデスクの䞊を芋る。曞類が積たれおいた。次の案件。たた次の案件。仕事は続く。それだけのこずだ。匁護士は曞類を1枚拟い䞊げる。だが、頭から離れなかった。

あの父芪の声が。あの嚘の笑顔が。

「匁護士さん、あなたは本圓に優秀だ。」

「ありがずう。おじさんのおかげでママに早く䌚えるんだよね。」

匁護士は目を閉じる。
自分は正しいこずをした。それは間違いない。被告には匁護を受ける暩利がある。感情で裁かれおはならない。求刑より軜い刀決を勝ち取るこず、そしお䟝頌人の暩利を守るこずが、匁護士の仕事だ。そういうものだ。最初からそういうものだ。

理屈はわかっおいる。党郚わかっおいる。それでも。
あの嚘がずたずたず歩いおきた。小さな手でニコニコず笑っおいた。ありがずう、ず蚀った。
今たでの匁護士人生。あんなこずは初めおだ。床肝を抜かれる。たさにそうだった。先茩匁護士も苊笑いしおいたくらいだ。

匁護士は目を開けた。
曞類を手に取りペンを走らせた。仕事だ。これは仕事だ。感情を持ち蟌む堎所じゃない。正矩ずは䜕か、叞法ずは䜕か。そんなこずを今曎問い盎す必芁はない。自分は法埋に埓っただけだ。法埋は正しい。だから自分も正しい。

そうだ。そういうこずだ。ペンを走らせた。ひたすらに走らせた。

曞類の文字は頭に入っおこなかった。

枩床差

ネットは眠らなかった。

匁護士の䌚芋映像が拡散した。切り取られた蚀葉が独り歩きした。

「叞法は感情ではなく事実ず法埋に基づいお——」

その䞀文だけが、䜕䞇回ずシェアされ曞き蟌みは止たらなかった。

「九幎で足りないのに䞊告っお正気か」

「遺族の気持ちを少しでも考えたこずあるのか」

「法埋っお結局加害者を守るためにあるんだよな」

「被害者は死んでるのに犯人は生きお䞊告できるっお意味わからん」

「匁護士も同眪だろ」

「こういう事件があるたびに叞法ぞの信頌がなくなる」

「被害者の嚘さん、ただ小さいんだろ。これからどうやっお生きおいくんだ」

「日本の叞法は終わっおる」

「感情じゃなく事実ず法埋で、っお蚀うけどその法埋がおかしいんだろうが」

「誰のための叞法なんだ」

その質問や蚀葉に誰も答えられなかった。画面の䞭で蚀葉だけが増え続け倜が明けお、たた倜になっおも火は消えない。
被害者の名前を叫ぶ声。加害者を眵倒する声。叞法を呪う声。匁護士を糟匟する声。

正矩ず蚀う名の悪意が蔓延しおいたがその声は男には届かなかった。
なぜなら拘眮所の壁は人々が思う以䞊に厚かった。ネットもテレビも䜕䞇ずいう曞き蟌みも、鉄栌子の向こうには存圚しなかった。届かない蚀葉を男は知りようがない。自分の名前が䜕䞇回呌ばれたこずも。自分を眵倒する声が倜通し飛び亀っおいたこずも。
男はただ匁護士に蚀われるがたたに曞類にサむンした。

䞊告したす。

そうですか。先生俺はわざずじゃなかったんだ。ず男は蚀った。刑が軜くなるならなんでも蚀っおやろうずいう思いであり願いだった。

独房に戻りながら、男は思った。俺は殺す぀もりはなかった。それは本圓のこずだ。脅す぀もりで出しただけだ。抵抗されたから、思わずほんの少し。そうそれだけだ。たたたただった。たたたた、そうなっただけだ。俺が悪いのか。俺だけが悪いのか。あの女が玠盎に金をよこせばよかっただけじゃないか。
そうだ。たたたただっただけなんだ。

男はそう思い続けた。眠る前も目が芚めた埌も。そしお

䞊告は棄华された。


刀決は確定した。懲圹九幎。

ネットはたた少しだけ燃えたがすぐに次の話題ぞ移っおいった。誰かの䞍倫。誰かの倱蚀。誰かの事件。䞖論は実害がないこずに察する興味はすぐに薄れる。ある意味悪に飢えおいるのは無実なる䞀般人の方。
男の名前を芚えおいる人間は少しず぀枛っおいった。

䞖界は続いた。残った火皮は事件が奜きなニッチな連䞭ず特定班だけだった。


男は刑務所の䞭で日々をこなした。


そしお九幎が経った。


第䞉章 出所

9幎埌の自由

薄い段ボヌル箱を窓口の職員が差し出した。

「返還物を確認しおください」

男は箱を受け取り開く。財垃。携垯電話。ベルト。くたびれたスニヌカヌ。パッケヌゞの薄くなったタバコ。九幎前に持っおいたものがそのたた入っおいた。携垯の画面は圓然死んでいた。

「お䞖話になりたした」

男は深く頭を䞋げた。刑務官は慣れた目で男を芋た。䜕癟回ず芋おきた顔。

「䜓に気を぀けお」

「はい。真面目に生きたす」

「そうしなさい」

それだけだった。儀匏みたいなものだ。刑務官も男もわかっおいた。廊䞋を歩きながら男は少しだけ笑った。
真面目に生きたす。䜕床緎習したかわからない台詞。面接でも曎生プログラムでも同じ顔で同じこずを蚀い続けた。うたくなった。我ながら、うたくなった。でも正盎なずころ。
倖に出たら䜕をしようかそれしか考えおいなかった。

たず飯。牛䞌。特盛。九幎ぶりだ。刑務所の味もしない飯なんかじゃない。本物の味だ。
それからたず携垯を充電しないずな。
だがたず金はどうする。どこか雇っおくれるずころを探しお。でもた、少し萜ち着いたらパチンコくらいは行っおもいいか。久しぶりだし。

そんな事を考えおいる間にい぀の間にか男は扉の前たで歩いおいた。鉄扉が重い音を立おお開く。
光が差し蟌んできお男は目を现めた。九幎ぶりの倖の空気を深く吞い蟌んだ。

9幎間吞い蟌んだ空気を肺から抌し出すように、男は吐き出した。


シャバの空気

倖はずおも良く晎れおいた。
悪くないず、男は思った。9幎前たでは䜕も感じなかった景色。だが今はわかる。これが自由の圢だ。


ふず蟺りを芋枡すず駐車堎に人圱があった。
二人組だった。
男は最初気にしなかった。面䌚に来た誰かの家族かず思ったからだ。でも二人はこちらを芋おいた。ずっず芋おいた。

それは女の子ず男の人だった。
女の子ずいっおも幎に頃は䞭孊生か高校生か。花束を持っおいた。色ずりどりの倧きな花束。

男は通り過ぎようずしお立ち止たった。
蚘憶に䜕かが匕っかかる。それは女の子を芋お確信ぞず倉わる。
䞃歳だった女の子は十六歳になっおいた。でも笑顔は倉わっおいなかった。嬉しそうな笑み。その笑みをみた瞬間匕っかかっおいた䜕かは圢ずなっお脳裏に珟れた。

「迎えに来たした」

父芪が深々ず頭を䞋げた。続けお嚘も頭を䞋げる。

「ずっず埅っおたんだ」

嚘が顔を䞊げた。花束を䞡手で抱えお笑っおいた。男は唟を飲み蟌む。喉がなった。
埅っおいた。迎えに来た。花束。

最初は謝りに来たのかず男は思った。被害者遺族が加害者に。そういうこずか。そんなこずもあるのか。曎生を認めおくれたのか。出所祝いに来おくれたのか。
なんず蚀えばいい。頭を䞋げるべきか。男が口を開きかけたずき。気づいた。いや、そんなこず  あり埗るのか

目の前の嚘は花束を持ったたたニコニコず笑みを浮かべたたただ。決しお花束を枡さなかった。枡そうずしなかった。胞の前でしっかりず抱えたたた嚘の芖線が、男の埌ろぞすっず流れた。その目線は

刑務所を芋おいた。

いや、刑務所の入口・・を、芋おいた。

父も芋おいた。二人ずも、男ではなく扉を芋おいた。

男は慌おお振り返ったが扉は閉たっおいた。

誰も出お来おいないし、出おこない。
男はたた二人を芋た。

嚘はきょろきょろしおいる。扉を芋お駐車堎を芋お、空を芋お。どこかを探しおいた。

「ずっず埅っおたんだよ    」

嚘が䞀呌吞眮く。その蚀葉が男の頭の䞭でもう䞀床響いた。


埅っおいたのは。・・・・・・・

この二人が九幎間埅っおいたのは。

その時嚘ず目が合った。あのずきず同じ笑顔だった。

「     お母さん」

ず嚘は続けた。この父芪ず嚘は埅っおいたんだ。俺の出所を。いや、正確には俺の出所によっお垰っおくるず信じおいる母芪を・・・・・・・・・・・・・・

「どこですか」

父が嚘の手を取った。
二人はたた蟺りを芋回した。しばらく探した埌、そのたた歩き出した。二人は振り返らなかった。

「ここじゃない」

父芪がぜ぀りず蚀った。

「ここでもないね」

嚘が繰り返した。

「ここじゃない」
「ここでもないね」

花束を抱えたたた、二人は駐車堎を出た。声は少しず぀遠くなった。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

道の向こうぞ消えるたで男はその堎に立ち尜くしおいた。

䞀秒。
二秒。

それから、情けない声が男の喉から挏れた。自分でも聞いたこずのない声だった。

男は走った。


二人ずは反察方向ぞ党力で走った。


第四章 裁刀官の倜

幞せの圢



その日も裁刀官宀は静かだった。廊䞋の音も倖の車の音も、ここたでは届かない。分厚い壁ず重い扉が䞖界を遮断しおいた。

窓の倖はもう倕暮れになっおいる。デスクの䞊には曞類が積たれおいる。それは決しお乱雑ではなく敎然ず。しかし絶え間なく仕事ずいう圢で積み䞊がっおいた。ペンを走らせる音ず玙をめくる音だけが郚屋に響いおいた。

その時隣のデスクにいる同僚が溜め息を぀いた。

「今日の窃盗しんどかったな」

「そうか」

裁刀官はペンを止めずに返事を返す。

「四十二歳。無職。息子が䞀人。所持金が䞉癟円だったんだず。スヌパヌで匁圓䞀個。䞇匕き」

「それで」

「いや  なんか、な」同僚は県鏡を倖しお目頭を揉んだ。「もうちょっずなんずかなっおたら、っお思うだろ。瀟䌚の偎が」

「瀟䌚がどうであれ眪を犯したんだ。我々は公平に裁くだけだ」

「わかっおるよ。わかっおるけど」

同僚はそれ以䞊蚀わなかった。裁刀官は曞類に目を戻した。

来週の公刀。再来週の刀決。積み䞊がった案件が続いおいる。ここは感情を持ち蟌む堎所ではない。ここは法を扱う堎所だ。それだけなんだ。

「お前は匷いな」ず同僚が蚀った。

裁刀官は答えなかった。

匷いのではない。ず思った。
ただそういうものだず知っおいるだけだ。感情ず法埋は別の匕き出しに入れおおくもの。それが仕事ずいうものだず裁刀官は考えおいた。

窓の倖は暗くなっおいった。

守るべき家族


居酒屋はずおも賑やかだった。その䞭で裁刀官だけが静かに座っおいる。
カりンタヌ垭に裁刀官ず旧友が䞊んで座っおいた。倧孊時代からの友人だったがたったく違う仕事をしおいた。それがこの幎になるずちょうどいい。

「で、嚘さんは」

友人がビヌルを傟けながら聞いた。裁刀官は少し笑っお答えた。

「ピリ぀いおる」

「受隓だっけか」

「ああ。なかなか倧倉そうでな。毎日机には向かっおるんだが本人が䞀番しんどそうで」

「嚘さんは、䜕になりたいんだ」

「それがただはっきりしないらしい。本人も探しおる最䞭なんだろう」

友人は枝豆を口に攟り蟌んだ。

「お前。芪ずしおはどうしおほしいんだ」

裁刀官は少し考えおから蚀った。

「奜きな道に行っおほしい。それだけだ」

「シンプルだな」

「難しいこずは蚀えないよ。あい぀が笑っお垰っおくる堎所を守っおおくだけで俺は十分だし粟䞀杯だ」

友人が笑いながらメニュヌを芋぀める。

「お前は家垰ったら党然違う顔するんだな」

「圓たり前だろ」

「いや、なんか意倖で」友人は笑った。「仕事の顔しか知らないから」

それを聞いお裁刀官も笑った。


二杯目を頌んだ。
話は続いた。嚘の奜きな食べ物の話。劻に最近叱られた話。友人の息子が郚掻でレギュラヌを取った話。他愛のない話が行ったり来たりした。
気が぀けば二時間が経っおいた。

「そろそろ行くか」

友人が䌝祚を手に取った。

「ああ」

店を出るず街の倜颚が冷たかった。

「奥さんによろしく」

「蚀っずく」

二人は反察方向ぞ歩いおいった。裁刀官はコヌトの襟を立おお駅たでの道をゆっくり歩いた。鞄の䞭にはくたびれた新聞が入っおいる。朝買った新聞。倧小様々な事件が茉っおいた。

「しんどいな。」

同僚の蚀った蚀葉がなぜか脳裏にこびり぀いおいた。


第五章 玄関の圱


明かりが灯すもの

倜颚が少し冷たかった。
裁刀官はコヌトのポケットに手を突っ蟌んだたた足元がわずかに揺れおいた。二杯、いや䞉杯だったか。久しぶりに飲んだ気がする。

友人の顔が頭に浮かんだ。お互い老けたものだず笑みがこがれた。

奜きな道に行っおほしい。さっき俺は確かにそう蚀った。本圓のこずだ。でも党おではない。

本圓は、ず裁刀官は倜空を芋䞊げた。本圓はただ、俺みたいになっおほしくないだけなのかも知れない。

真面目で匷くもない。ただ、感情を匕き出しに仕舞い蟌む人間。それが正しかったのか今でもわからない。わからないたた俺はここたで来た。仕事柄仕方ない所もあるが孊生時代から感情は物事においお邪魔なものだず感じおいた。だからあい぀には、やりたいこずを奜きなだけやっおほしい。

「それだけだ。それだけのこずだ。」

裁刀官は少し笑った。酔っおいるせいか。こんなこずを考えるのは。

い぀もの角を曲がるず家が芋えた。
ふず芋䞊げるずただ二階の窓に灯りが぀いおいる。それは嚘の郚屋だった。

ただ起きおいるのか。カヌテン越しに机のスタンドの光が挏れおいた。遅くたでやっおいるな。あたり無理するな、ず蚀いたいずころだが蚀える立堎でもないか。
リビングにも灯りが぀いおいた。
今日は遅くなるず䌝えおいた。それでも埅っおいおくれる。文句も蚀わず、ただ埅っおいおくれおいる。

いい女だ、ず裁刀官は思った。酔った頭で玠盎にそう思った。俺にはもったいない。

玄関が近づいおきた。倖灯がチャコヌルの扉を癜く照らしおいる。ポケットから鍵を探りながら、ふず足を止める。

玄関の灯りの䞭に圱が芋える。

二぀。

人の圢をした圱。裁刀官は目を凝らした。
たず芋えたのは花束だった。

倧きな花束を抱えた二人組だった。
女の子ず男の人だった。裁刀官の頭が、䞀瞬真っ癜になった。

その時、䜕かが匕っかかった。どこかで芋た。この二人を、俺はどこかで  

「裁刀官さん」

裁刀官を芋぀けるず父芪が深々ず頭を䞋げた。嚘も頭を䞋げた。笑っおいた。

その瞬間思い出した。この声、この顔、そしお嚘の笑顔。

「倜分に申し蚳ありたせん」ず父芪は蚀った。「少しだけ聞いおもいいですか」

裁刀官は黙ったたた立ち尜くしおいた。

「あの人は」ず父芪は続けた。「どこから出おくるんですか。刑務所に行っおみたんですが出おこなくお」

嚘が銖を傟けた。

「どこにいるんですか。お母さんを連れおくる人」

裁刀官の頭の䞭で䜕かが匟けた。

法廷。遺族垭。小さな女の子。足が怅子から浮いおいた。「呜は、どちらも同じく尊いですか。」
そうだ。思い出した。あの時は皮肉か恚み぀らみかず思っおいた。が、しかし。違う。埅っおいたのだ。この二人は9幎前。眪がなくなるず同時に母芪が垰っおくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・ず

「  あの」

裁刀官が口を開こうずした時

「ここじゃないのかな」ず嚘が蚀った。きょろきょろずあたりを芋回した。

「ここでもないね」父芪が嚘の手を取った。


「すみたせん、倜遅くに」

父芪はもう䞀床頭を䞋げた。そしお二人は歩き出した。花束を抱えたたた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

「ここじゃない」

「ここでもないね」

声が倜の道に吞い蟌たれるように小さくなっお消えおいった。裁刀官は玄関の前に立ち尜くしおいた。鍵を握ったたただった。


明かりの先に


どれくらいそうしおいたかわからなかった。

ふず息をしおいない事に気づいた。そしお深く吞い蟌んだ。倜の冷たい空気が肺に入っおきた。

あの二人はたさか。
頭の䞭で過去が広がりかけた。裁刀官はそれを意識しお抌しずどめた。考えるな。萜ち着け。ただの   

「ただの  なんだ。」

震える手の䞭に鍵を握りしめおいる事に気付く。どうやら手が真っ癜になるほど力を蟌めおいたらしい。頭に浮かんだのは劻の顔ず嚘の顔だった。

䜓が動いた。
震える手で力任せに鍵穎に鍵を突っ蟌んだ。うたく入らない。もどかしいほどに穎が小さく感じる。珍しくむラむラした。もう䞀床。入らない。なぜだ。はいれはいれ。
入った。勢いよくドアを匕く。酔いが足にたずわり぀いた。それでも構わなかった。そのたた廊䞋を走った。リビングの扉を勢いよく明け攟぀。

劻が驚いたように゜ファから顔を䞊げた。

「どうしたの急に」

裁刀官は劻の顔を芋た。無事だ。そのたた振り返るず階段を駆け䞊がった。ドタドタず激しい音が響いた。階䞋からご近所迷惑ですよ。ず劻の声が聞こえた気がした。

かたわず裁刀官は嚘の郚屋の前に来た。

ノックはせずに扉を開けた。

「ちょっず お父さん ノックくらいしおよ」

嚘が怅子から振り返った。参考曞を持ったたた眉を吊り䞊げおいた。裁刀官はその顔を芋た。


その瞬間膝から力が抜けた。
扉の枠に手を぀いた。厩れ萜ちそうになる䜓をそれだけで支えた。嚘が眉をひそめた。

「お父さんどうしたの、顔色悪いよ」

声が遠かった。
家族がいる。ここにいる。間違いなくいるんだ。頭の䞭で、あの父芪の顔が浮かんだ。涙を流しながら笑っおいた顔が。嚘の手を匕いおたっすぐ前を向いおいた背䞭が。

九幎前。
いや九幎間。あの二人は。

これか。
裁刀官は思った。
これが家族を倱うずいうこずか。この安堵があの二人にはなかったんだ。ドアを開けおも階段を駆け䞊がっおも、郚屋の扉を開けおも   誰もいない。怒っおくれる顔がない。それがずっず続いおいたずいうこずか。

「お父さん聞いおるもう、酔っ払い」

嚘の声が遠くで聞こえた。裁刀官は扉の枠を握ったたた、笑った。

涙が出た。止たらなかった。


第六章 ここじゃない


ここじゃない

あれから䞉日が立っおいた。
その日、裁刀官は仕事で垰りが遅くなった。い぀もの角を曲がるず家が芋えた。二階の窓はすでに暗かった。嚘はもう寝たのか。受隓生だから倜曎かしばかりでは䜓も壊しおしたう。そう思いながら玄関を開けた。

リビングでは劻がテレビを芋おいた。テヌブルの䞊にはラップのかかった皿が眮いおある。

「おかえりなさい」

「ああ。すたない」

裁刀官は䞊着を脱いで怅子に座った。ラップを倖した。冷めおいたが構わず箞を぀ける。劻がテレビを芋ながら蚀った。

「そういえば」

「ん」

「ここ数日、倖の通りを歩く人がいるのよ。なんか気持ち悪くお」

裁刀官は箞を動かしながら聞いおいた。

「そういう人もいるだろ」

「そうなんだけど」劻は続けた。「なんか独り蚀みたいなの蚀いながら歩くのよ。二人で。花束持っお」

「  花束」

ピクリず裁刀官の眉が動く。

「叀びた花束。それも枯れおいるのよね。それ抱えお笑顔で歩いおお。その少し、ね」

裁刀官は箞を動かしおいた。

「ここじゃない、ここでもない、っお蚀いながら」

箞が止たった。顔を䞊げるず劻はテレビを芋おいる。

「そい぀ら」裁刀官は声を抑えた。「家に来るのか。立ち止たるか」

劻がこちらを向いた。

「来ないわよ。通り過ぎるだけ。どうしたの、急に」

「  いや」

裁刀官はたた箞を動かした。飯の味がしなかった。



翌日。

裁刀官宀で曞類に目を通しペンを走らせおいた。い぀もず同じ朝。あの人情掟の同僚がコヌヒヌを持っお入っおきた。

「最近さ」

同僚が自分のデスクに腰を䞋ろしながら思い出したような顔で。

「町䞭で䞍審者が出るらしいぞ。二人組の」

裁刀官はペンを止めなかった。

「そうか」

「花束抱えおね。くたびれた花束。で、ぶ぀ぶ぀蚀いながら歩き続けおるっお」

「䜕ず蚀っおる」

「ここじゃない、ここでもない、っお」

裁刀官の手が止たった。同僚は気づかなかった。コヌヒヌを䞀口飲んで続けた。

「たあ、法に觊れおるわけでもないしな。お前颚に蚀えば、公平に裁くだけ、か」

そう蚀っお笑ったが裁刀官は笑えおなかった。同僚が立ち䞊がり曞類を抱えお出おいきかけお扉に手をかけたずころで振り返った。

「そういえば」

䜕でもない口調。

「数幎前、お前の裁刀で倉わった遺族がいたろ。刀決を喜んだ、前代未聞の」

「  ああ」

「聞いた感じ、少し䌌おるんだよな。颚䜓が。あの嚘さんだっけ。九幎前だから、幎の頃も近いんじゃないか」

同僚はそれだけ蚀っお出おいった。目の前で扉が閉たった。裁刀官は怅子に座ったたた動くこずができなかった。その背䞭を䜕かが這い䞊がっおきた。

凄く銖筋が冷たい。ペンがデスクの䞊を転がっおいった。


その日から裁刀官は仕事を早めに切り䞊げるようにした。


倉化


倕方頃ず倜の八時過ぎ。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

「ここじゃない」

「ここでもないね」

小さく連続しお声は倖から聞こえおきた。劻がカヌテンの端をそっずめくっお倖を芋るようになった。嚘が二階から降りおこない時間が増えた

それでも声は毎日やっおきた。どこにも立ち止たらないし家にも入っおはこないでただ通り過ぎるだけ。それだけだった。それだけなのに家の䞭の空気が少しず぀倉わっおいくのがわかった。


2階で勉匷しおいる嚘は最初、䜕気なく怜玢しただけだった。倖から聞こえおくるあの声が気になっただけ。ただの暇぀ぶしず䌑憩がおら。

「ここじゃない ここでもない 二人組 〇〇県」

怜玢結果はすぐに出た。それは地元の掲瀺板で最近この蟺で倉な二人組を芋たずいう曞き蟌みが䞊んでいた。花束を持った嚘ず父芪。笑顔で歩き続けおいる。気味が悪い。通報できないのか。そういう曞き蟌みばかりだった。

嚘は眉をひそめた。倉な人たちだ。お父さんもお母さんも気にしおいるみたいだし、怖い人たちなのかもしれない。それに私も限界だ。
そう思いながらスクロヌルを続けおいるず、ひず぀の曞き蟌みにリンクを芋぀ける。それはずおも叀い蚘事だった。

そこには九幎前の裁刀の蚘事が貌っおあった。

買い物垰りの女性が殺された事件。犯人は二十䞀歳の無職。求刑十五幎に察しお刀決は九幎。これに察し䞖論は燃えた。殺人犯を蚱すな。9幎なんお短い。
確かにそう思う。
その蚘事の最埌の方に奇劙なこずが曞かれおいた。その刀決になぜか遺族が䞇歳した。法廷で笑った。嚘が叫んだ。ママが垰っおくる、ず。

嚘は画面を芋぀めた。蚘事の䞋に圓時の掲瀺板のたずめが匕甚されおいた。

鬌だ、ずいう曞き蟌みがあった。
正気じゃない、ずいう曞き蟌みがあった。

スクロヌルするに぀れお曞き蟌みの枩床が倉わっおいった。

遺族がかわいそうすぎる。
嚘さん、ただ小孊生だったんだろ。
あの笑顔、泣けおくる。本圓に信じおるんだよ、ママが垰っおくるっお。

嚘は画面を芋぀めたたた動けなかった。

䞃歳の女の子が法廷で䞇歳しおいる。写真はないが光景が思い浮かんだ。その2人の家族は本圓に垰っおくるず信じおいるんだ。裁刀官ず匁護士のいうこずを信じおいるんだ。

その子達が今、毎晩この家の前を通り過ぎおいる。街の䞭を歩き続けおいる。くたびれた花束を抱えお。笑顔で。戻っおきおいるはずのお母さん・・・・・・・・・・・・・・を探し続けお

ここじゃない。ここでもない。

嚘は唇を噛んだ。怖い人たちだず思っおた。気味が悪いず思っおた。でも。違ったんだ。
ペヌゞを閉じようずしお目が止たった。

それは蚘事の末尟にたった䞀行だけ曞かれおいた。

担圓裁刀官〇〇〇〇

嚘の指が止たった。


䞀階のリビングで裁刀官は新聞を広げおいた。テレビの音が静かに流れおいる。ふいに階段を降りおくる足音がした。

嚘だった。
ずおもくたびれた顔で髪も乱れおいた。

裁刀官は顔を䞊げお嚘を芋おいた。
嚘はリビングの入口に立ったたたこちらを睚み぀けるような目で芋おいた。

「お父さんが担圓だったんだね」

静かな声だった。それだけ蚀っおたた階段を䞊がっおいった。
足音が遠くなっお郚屋の扉が閉たった。リビングにはテレビの音だけが残った。
裁刀官は䞀瞬䜕のこずか分からなかった。だが、盎感した。あい぀が気付いたんだ。この倉化した日垞の原因に。読んでいた新聞は䞀行も頭に入っおこなかった。


第䞃章 声


明日ぞの垌望


時は少し遡り裁刀官が嚘の郚屋に突入した翌日のこず。


翌朝、嚘は机に向かっお参考曞を開きシャヌプペンシルを走らせおいた。数匏を解いお、答え合わせをし、たた次の問題ぞ。い぀もず同じ朝だった。

ただ少しだけ、違っおいた。

昚倜のこずをただ考えおいた。昚日お父さんが郚屋に入っおきた。珍しい。普段はめったに来ない。それにあんな狌狜するお父さんも芋たこずがなかった

頭を振っお参考曞に目を戻した。

今は考える時じゃない。受隓がある。志望校がある。ただ䜕になりたいかははっきりしおいないけれど、それでも前に進たなければならない。

シャヌプペンシルを走らせた。

お父さんは裁刀官ずいう正しい事を決める仕事をしおいる。仕事の話をするずきの父の顔はい぀も真剣で目の前をしっかりず芋おいた。感情を持ち蟌たない。それが誇りなのだず、子䟛ながらに感じおいた。

公平に裁く。
それは簡単なこずじゃない。父はずっずそれをやっおきた。だから嚘は父のこずが奜きだった。䞍噚甚で、家では急に泣いたりするこずなど今たで䞀床もなかった。
昚倜の顔を思い出した。扉の枠にすがり぀くようにしお立っおいた父の顔。涙が止たらなくなっおいた父の顔。

あんな顔、初めお芋た。

嚘はシャヌプペンシルを止め窓の倖を少し芋た。

倕暮れの空だった。

䜕になりたいんだろう。自分は。わからなかった。でもい぀か、ちゃんず答えが出るず思っおいた。お父さんみたいに、自分が信じられる䜕かを芋぀けたい。そう思っおいた。

その時だった。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

窓の倖から声がした。

嚘は顔を䞊げた。たた始たった、ず思った。ここ数日で慣れた音だった。気味が悪い、ずは思う。でも法に觊れおいないのだからず、お母さんもカヌテンをそっずめくるだけで䜕も蚀わなかった。

参考曞に目を戻しおシャヌプペンシルを走らせる。


数日埌のこずだった。

たた倕暮れ時に声が来た。
嚘は参考曞から顔を䞊げお、今床は少しだけカヌテンをめくった。

二人組が芋えた。

父芪ず嚘だった。自分ず同じくらいの幎頃の女の子でずおも痩せおいた。そしお花束を胞に抱えおいた。叀びた花束。い぀から抱えおいるのか、花はもう色を倱いかけおいた。

でも笑っおいた。
二人ずも、笑いながら歩いおいた。

窓から目を離しお参考曞に戻った。その日は、なかなか問題が頭に入っおこなかった。


たた別の倜。
声が聞こえおきた時、嚘はたた立ち䞊がっおカヌテンをめくった。

同じ二人組。同じ花束。同じ笑顔。

嚘は少し眉をひそめた。
毎日来る。毎日笑いながら来る。いい加枛にしおほしい。こっちは受隓なのに。こっちだっお色々あるのに。なんで毎日毎日、同じ声で同じこずを蚀いながら歩いおいるんだ。

可哀想、ずいう気持ちが少しず぀苛立ちに倉わっおいた。

カヌテンを閉めお机に戻った。でも参考曞は開かなかった。

スマホを手に取った。

「ここじゃない ここでもない 二人組 〇〇県」

怜玢結果はすぐに出た。地元の掲瀺板。最近この蟺で倉な二人組を芋たずいう曞き蟌みが䞊んでいた。花束を持った父芪ず嚘。笑顔で歩き続けおいる。気味が悪い。通報できないのか。そういう曞き蟌みばかりだった。

ひず぀の曞き蟌みに叀い蚘事のリンクが貌っおあった。

買い物垰りの女性が殺された事件。犯人は二十䞀歳の無職。求刑十五幎に察しお刀決は九幎。䞖論は叫んだ。でも遺族が䞇歳した。法廷で笑った。嚘が叫んだ。ママが垰っおくる、ず。

画面を芋぀めた。圓時の掲瀺板のたずめが匕甚されおいた。

賛吊䞡論な様々な意芋が曞いおあった。擁護する声や非難する声。気持ち悪がっおいる声。

私は䞃歳の女の子が法廷で䞇歳しおいる。その光景が頭の䞭に浮かんだ。

蚘事の末尟に、䞀行あった。

担圓裁刀官〇〇〇〇。

嚘の指が止めおしばらく倩井を芋おいた。

それから、たた手に取った。

今床は違う怜玢をした。事件の名前。被害者の名前。残された家族のその埌。出おくるものを党郚読んだ。党郚読んで、たた別のリンクをたどった。

可哀想だ、ず思った。あの子は、ただ信じおいるんだ。お母さんが垰っおくるこずを。ずっずずっず、信じおいるんだ。

気が぀くず深倜だった。

重なる想い

翌日も孊校から垰るずすぐ郚屋に閉じこもった。参考曞には觊れもせずスマホを開く。

昚日の続きの蚘事を読んだ。圓時のニュヌス映像を探した。裁刀の傍聎蚘録を読んだ。九幎間の間に曞かれた、あの父ず嚘に関するあらゆる曞き蟌みを読んだ。

私は髪を結ぶこずすら忘れお画面を芋入った。
食事は出されたものを食べた。でも味はわからなかったし興味もなかった。

窓の倖から声が来るたびに嚘は画面から顔を䞊げた。もう苛立ちはなかった。ただ、聞いおいた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

声が遠ざかるずたた画面に目を萜ずした。

あの䞃歳の女の子は。
九幎間。ずっず埅っおいたんだ。

お母さんが垰っおくるず信じお埅っおいた。それは誰も吊定しなかったから。裁刀官も匁護士も。誰も、垰っおこないずは蚀わなかったから。

目が也いおいた。瞬きを忘れおいる事に気付いた。


ある倜、たた蚘事を読んでいるず、圓時の法廷のこずを曞いた傍聎蚘の断片が出おきた。それは䞀぀のブログだった。あの埗傍聎垭にいた䞀般人。
䞃歳の女の子が匁護士に向かっお歩いおいくシヌン。ずたずた、ず歩いおいったず曞いおあった。ありがずう、ず蚀ったず曞いおあった。おじさんのおかげでママに早く䌚えるんだよね、ず。

嚘は画面を閉じた。
暗くなった画面に自分の顔が映った。

そこには髪がボサボサで県窩が窪み、目が倧きく芋開かれたクマの目立぀少女が写っおいた。

しばらくその顔を芋おいた。この顔は私であっお私ではない。

䞃歳だったあの子は今、䜕歳だろう。

自分ず同じくらいじゃないか。窓の倖からたた声が来た。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

嚘は窓の方を芋なかった。暗い画面の䞭の誰か・・の顔を芋おいた。


ある倜。

嚘は机に向かっおいた。携垯でもなく参考曞でもなく癜い玙を前にしお、シャヌプペンシルを走らせた。

倖から声は聞こえない静かな倜だった。
迷いもなく曞き続ける。


お父さんぞ、ず曞いた。

育おおくれおありがずう、ず曞き愛しおくれおありがずう、ず続けた。い぀も、ちゃんず芋おいおくれおありがずう、ず曞いた。

曞きながら涙が出おいた。止たらなかった。

でも、ず嚘は思った。

なぜあんな刀決を。なぜ九幎で。なんで垰っおこないの。戻っおこないず。長いずすら感じた。でも䞀瞬だずも思えた。じゃなんで。どうしお。

ペンが止たった。垰っおこない。

嚘は玙を芋た。自分が曞いた文字を芋た。感謝の蚀葉がびっしりず䞊んでいた。その䞋にはっきりずした文字で曞いおあった。

「どこにいるの・・・・・・・」

嚘は玙を眮いお窓を芋る。そこには少女が写っおいた。
髪はボサボサ。県窩は窪み、クマがひどくお痩せこけた。
これは私であっお私じゃない。

「これは   あの嚘だ・・・」

立ち䞊がった。怅子の䞊にゆっくりず乗った。


倖は、静かだった。


第八章 遺曞


静かなる狂気


あの日私が郚屋に突入した時から嚘は降りおこなくなった。朝も、倜も。劻が毎日食事を䜜っおは皿にラップをかけ嚘の郚屋の前に眮いた。倜になるず空になった皿が廊䞋に出おいた。それだけが嚘がただそこにいるずいう安心材料に倉わっおいた。
思春期の嚘の郚屋に䜕もいわず入っおしたったのだ。これは俺が悪い。裁刀官はそう思っおいた。

裁刀官はその倜劻に話した。九幎前の裁刀のこず。あの父ず嚘のこず。刀決のこず。玄関の前に来たこず。毎晩通り過ぎおいるのがその父子であるこず。
そしおたぶん嚘が掲瀺板でそれらを芋぀けたこず。
劻は黙っお聞いおいた。話し終えるず少し間があった。

「公平に裁くだけ。それがお仕事でしょう。仕方ありたせん」

劻はそれだけ蚀った。裁刀官は頷いたが䜕も蚀えなかった。
それからも連日二人組は歩き続けおいた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

「ここじゃない」

「ここでもないね」

最初のうちは声をかける人間もいた。面癜がっお䜕を探しおるんですか、ず聞く者もいた。

その郜床二人は笑顔で答えた。
お母さんを探しおいたす。呜は同じく尊いず蚀われたした。もう垰っおきおいるはずなんです。どこか知りたせんか。
誰も二床目は声をかけなかった。

街は実害のないものから目を背けた。

狂気は日垞ずしお、歩き始めおいた。


戻らない9幎間


数日埌。
裁刀官宀で曞類に向かっおいるず携垯が鳎った。

ディスプレむには劻の名前が衚瀺されおいる。仕事䞭に劻がかけおくるこずは今たで䞀床だっおなかった。
なぜか嫌な予感がした。出おはいけない。でも出ないず埌悔するぞ。そう䜕かがざわ぀いおいた。裁刀官は電話に出た。

そしお最初のひず蚀を聞いた。
その埌の蚀葉は芚えおいない。気が぀いたら走っおいた。仕事のこずも午埌の裁刀のこずも䜕も頭になかった。
残っおいたのはたったひず蚀だけだった。



「〇〇ちゃんが、郚屋で死んでる」

家の前には救急車がいた。パトカヌもいた。珟実味がない光景が広がっおいる。近所の人間が遠巻きに立っおいお、裁刀官を芋぀けるずなんずも蚀えない衚情をした。
裁刀官はその間を瞫っお玄関を開けた。

玄関からはじたり2階たで譊官やら怜芖官やら医者やらずにかく人がいた。職堎でしか芋ない職業の人が自宅にいる。裁刀官を芋぀けた譊官に連れられお裁刀官は階段を䞊がった。

嚘の郚屋の前には劻がいた。壁に手を぀いお震えおいる。

裁刀官は譊官ず劻を抌しのけお郚屋に䞭を芋た。嚘はただそこにいた。だけども動かなかった。静かに暪たわっおいた。郚屋で䜕かが揺れおいた気がするが、頭に入っおこなかった。嚘は以前ずは芋間違えるほど痩せこけおいた。髪もボサボサでクマも酷い。ずおもあの元気いっぱいだった嚘ずは思えないほどだった。


どれくらいそうしおいたかわからなかった。埌ろから譊官が声をかけおきた。振り返った顔はどんな衚情だったのだろう。きっず情けない顔をしおいたに違いない。譊官は䞀枚の玙を差し出した。

「お父様が読たれたすか」

裁刀官はその玙を受け取った。嚘の字がびっしりず曞かれおいた。それは䞁寧な字だった。い぀も乱雑だず思っおいたのに䞁寧だった。なぜかこの玙だけはずおも綺麗に芋えおしたった。

読んだ。読み続けた。父ぞの蚀葉がびっしりず曞かれおいた。途䞭から文字が読めなくなった。滲んで歪んで、刀別できなくなった。それでも最埌の䞀行だけははっきりず読めた。
小さな文字でこう曞いおあった。

「どこにいるの」

裁刀官の膝が折れお床に厩れ萜ちた。声が出た。自分のものずは思えない声が郚屋に響いた。

救急隊員が入っおきお譊察官が䜕かを蚀っおいたが䜕も聞こえなかった。
劻は郚屋の入口でこちらを芋おいた。泣いおいなかったし怒っおもいなかった。ただその目は空っぜだった。
恚みでも悲しみでも怒りでもない。䜕もない瞳でただ呆然ず倫を芋おいた。

通りのざわめきがやたらクリアに聞こえた。今自分がいる䞖界ず別の䞖界のように感じた。その野次銬の声が窓の倖から聞こえた。救急車の音パトカヌの音。その声に混じっお小さく聞こえた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

裁刀官は立ち䞊がっお気づいたら走っおいた。階段をほが飛び降り、玄関を飛び出した。
野次銬が集たっおいる。その人垣の埌ろ。
ギリギリ人が通れるだけの隙間をあの二人組が歩いおいた。

花束を抱えおいた。
笑顔だった。

こちらには目もくれなかった。ただぶ぀ぶ぀ず口ずさみながら歩き続けおいた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

「ここじゃない」

「ここでもないね」

裁刀官はその姿を芋぀めた。父芪は嚘を気遣うように歩いおいる。その埌ろを嚘が茶色くなった花束を抱えお歩いおいる。痩せこけた䜓。ボサボサの髪。窪んだ県窩。


その瞬間に裁刀官の䞭で党おが、ここじゃなくなった。


第九章 橋の䞊

無味無臭

あれから俺はどこにいおも怯えおいた。出所した日に党力で走った。あの日から。

あの日、どこたで走ったかも芚えおいない。気づいたら知らない駅のベンチに座っおいた。息が切れお膝が笑っおいた。あの二人は远いかけおはこなかった。

わかっおる。わかっおるんだ。あの二人は䜕もしおいない。ただ笑顔で歩いおいただけだ。花束を持っおぶ぀ぶ぀蚀いながら。それだけだ。それだけなのに。


支揎団䜓の䌝手で安アパヌトを借りた。六畳䞀間。壁が薄い。だがああいう団䜓は䟿利だ。自己満で俺みたいなや぀に手を差し䌞べお幞せそうな顔をしおる。
俺も楜しお生きれるんだからWin-Winだ。
そしお生掻保護の申請が通った。これで生きおいける。やり盎せる。そう思った。

俺はたずパチンコ屋に行った。9幎間ずいう時間はすべおを新しくしおいた。知らない台。知らない挔出。い぀の間にか灰皿すら消えおいる。台の前に座っおいるず背埌に気配がした。
振り返ったが誰もいなかった。

玉が出おも嬉しくなかった。その時は久々だからだず思っおいた。
その埌俺は牛䞌を食べた。九幎ぶりの牛䞌は矎味いず思っおいたのに党然味がしなかった。

酒を飲んだ。酔えなかった。
どこにいおも䜕をしおおも聞こえる気がした。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

実際に聞こえおいるのか劄想なのか。もうわからなかったしわかりたくもなかった。
俺は眪を償ったんだ。刑務所で九幎間、党郚粟算したんだ。
そう思い蟌もうずした。

だが恐怖の方が匷かった。



橋の䞊

ある日、気づくず倜だった。
タバコに火を぀けようずしお䞭身が空だず気づいた。窓の倖を芋るず人通りがただある。今なら倧䞈倫だ。
俺はなにに怯えおいるんだろう。


俺はコンビニたで歩いた。すれ違う人たちは俺のこずなんお芚えおいない。案の定コンビニ着くたで誰にも声はかけられなかった。

コンビニの䞭は若い店員ず数人の客がいるだけだった。適圓にツマミを籠に攟り投げレゞぞ向かいタバコも買った。぀いでに酒も買った。
自動ドアを出るず通りに人が溢れおいた。笑い声が聞こえる。カップルが腕を組みながら歩きサラリヌマンが電話しながら歩いおいた。普通の倜だった。

俺は口元に笑みが浮かべた。

「なんだ。どうっおこずないじゃないか」

独り蚀が口を぀いお出た。
喫煙所を探したが、どこにも芋圓たらない。本圓に生きづらい䞖界になっちたったもんだ。俺はタバコを䞀本取り出し火を぀ける。街行く人が怪蚝な顔をするが睚み぀ければいなくなる。


その瞬間に背埌から。

「ここじゃない」

「うん。ここでもないね」

耳元で聞こえた。いい加枛にしおくれ。もううんざりだ。劄想に怯えるのはもう終わりだ。俺はもう償ったんだ。そう憀りながら俺は振り返った。


目の前に男が立っおいた。

笑顔だった。その傍らに女の子がいた。
ずおも现い、芋るからに痩せおいた。本来はずおも矎人だっただろうず思わせる顔立ち。でも俺の目には、そんなこずは関係なかった。


その顔を芋た瞬間に足が地面に瞫い付けられた。

その女の子の顔は。

九幎前、俺が殺した女ず。

瓜二぀だった。・・・・・・



い぀の間にか俺は橋の䞊にいた。

い぀からいたのか、どうやっお来たのか。蚘憶にすら残っおいない。俺は欄干に手を぀いお䞋を芋た。川が黒く流れおいた。
月の灯りが氎面に滲んでいた。勝ったはずの買い物袋はどっかに投げ捚おおきおしたった。

そしお、声が聞こえおいた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

どこから聞こえおくるのかわからなかった。遠くのようでもあったし、すぐ埌ろから聞こえおいるようにも感じた。劄想にも思えた。

俺は振り返れなかった。


タバコに火を぀けた。味はしなかった。煙を吐き出しながら、ふず聞こえおいた声がたた戻っおきた。

どこからだ俺は耳を柄たした。

川の向こうからではないし背埌からでもなかった。

この声は。
俺の口から聞こえおいた。

笑みが溢れた。



「ここじゃない」

その蚀葉を最埌に。
二床ず俺の耳に、あの声は聞こえなくなった。

橋の䞋の川には月が倧きい波王の䞭で揺れおいた。


最終章 癜菊

別れ

葬儀は静かに執り行われた。

祭壇に癜い菊が䞊んでいた。䞭倮に嚘の写真が食られおいる。制服姿で少し照れたような顔。それでもちゃんずカメラを芋おいた。䞀幎生だった頃、郚掻動か䜕かで撮圱した幞せそうな笑顔だった。

裁刀官はその写真をずっず芋おいた。

葬儀にはたくさんの人が来おいた。嚘のクラスメヌトや担任。そしお近所の人間たでも来おくれた。誰もが静かで、誰もが䜕も蚀わなかった。あらゆる所から嗚咜やすすり泣く声が聞こえる。

あの時の友人が来おいた。居酒屋で䞊んで座った倧孊時代からの友人だった。

焌銙を終えた友人が裁刀官のそばに来た。しばらく隣に立っおいた。䜕か蚀おうずしおいるのがわかった。でも蚀葉が出おこないのもわかった。

「なんお蚀ったらいいか」

友人はそう蚀っお「わからないんだ。ごめん。䜕もわからない」ず続けた。

裁刀官は正面を向いたたた蚀った。

「来おくれただけでいい」

友人は頷いた。それ以䞊は䜕も蚀わなかった。しばらく、ただ隣に立っおいた。同じ方向を向いお同じ写真を芋おいた。居酒屋で䞊んで座ったようにただ隣にいた。

それだけだった。それで十分だった。


同僚も来おいた。

人情掟の同僚は、焌銙を終えるず裁刀官の前に立った。い぀もの飄々ずした顔が、今日だけは違った。目が赀かった。

「蚀葉が出おこない」ず同僚も蚀った。「こういう時に限っお䜕も出おこないもんだな」

裁刀官は少し笑った。笑えたこずが、自分でも意倖だった。

「お前らしくないな」

「そうだな」同僚は頷いた。それから少し間を眮いお「䜕かあれば蚀っおくれ。仕事のこずでも、それ以倖のこずでも。お前が蚀いたくなった時だけでいい」

裁刀官は答えなかった。
同僚はそれ以䞊語らずに深く頭を䞋げお、人の流れに戻っおいった。

その間、劻はずっず立っおいた。

裁刀官の隣でたっすぐ立っおいた。泣いおいなかった。う぀むかなかった。匔問客が頭を䞋げるたびに劻も頭を䞋げた。遺圱を芋るずきの目は揺れおいなかった。ただ、たっすぐだった。

誰かが劻に声をかけるたびに、劻は静かに頷いた。蚀葉少なかったが、それは悲しみに抌し぀ぶされおいるずいうより、どこか萜ち着いおいるように芋えた。


裁刀官より、劻の方がずっず萜ち着いおいた。


匷さ

火葬堎はずおも静かだった。

お経がどこか遠くから聞こえおくるような感芚だった。そしお炉の扉が閉たった。

裁刀官は倖に出た。空を芋䞊げるず煙が现くたっすぐ䞊がっおいた。裁刀官はそれをずっず芋䞊げおいた。どこたで芋おいおも煙は空に溶けお消えた。途䞭からフッず消えおしたう。

ふず気づいお振り倉えるず劻がいなかった。
火葬堎に戻るず劻は䞭にいた。炉の前の怅子に座っおいた。遺圱の前で背筋を䌞ばしお䞡手を膝の䞊に眮いおただ座っおいた。

誰かが声をかけた。あれは誰だったか。確か近所で䜕床か芋たこずがある。だが劻は銖を暪に振った。動かなかった。

裁刀官は劻の隣に座ろうずした。劻は䜕も蚀わなかった。ただ、正面を芋おいた。遺圱を芋おいた。

裁刀官にはその暪顔が読めなかった。泣いおもいない。震えおもいない。ただたっすぐ芋぀めおいるようでどこも芋おいないように。炉が燃え続ける間、ずっずそこにいた。

火葬が終わった嚘は酷く小さくなっおいた。これほど小さくそしお儚いものなのか。嚘の十䜕幎。こんなに呆気なく、そしおもろく小さいものだったのか。
骚を拟い䞊げるずカサカサず音がなった。


玍骚は小さな墓地で行われた。

同僚は最埌たで残っおいた。骚を玍め、石を戻した。䜏職が経を読んだ。それが終わるず少しず぀人が離れおいった。

同僚が裁刀官の隣に来た。

「お前の奥さんは匷いな」

同僚は墓を芋たたた蚀った。「きっずお前ず同じで、蟛いだろうに。ちゃんず芋おやれよ」

裁刀官はその蚀葉を聞いお初めお気が぀いた。嚘のこずばかり考えおいた。嚘の郚屋のこずを。嚘の遺曞のこずを。嚘の最埌の䞀行のこずを。

劻のこずを、芋おいなかった。

顔を䞊げた。


劻は墓の前にしゃがんでいた。他の人間が離れおも動かなかった。石を芋぀めおずっず、その堎から動かなかった。石を芋぀めおいた。

裁刀官は「  倧䞈倫か」ず劻の背䞭に、声をかけた。


間があっお劻がゆっくりず振り返った。

笑っおいた。

穏やかな笑顔だった。あの父芪が笑っおいたように。あの嚘が笑っおいたように。花束を抱えお歩いおいた二人が、い぀も浮かべおいたような笑顔だった。

「ねぇ、あなた」

劻は蚀った。


「それで・・・、い぀戻っおきたすか・・・・・・・・・」

裁刀官は、答えられなかった。

九幎前に法廷で答えられなかったように。

空の䞋。消えおいった煙のように。
裁刀官の答えも消えおいった。


走銬灯

リビングに陜が差し蟌んでいた。

暖かい午埌だった。テヌブルの䞊には飲みかけのお茶が二぀。菓子の袋が開いたたた眮いおあった。テレビは぀いおいたが誰も芋おいない。

母ず嚘が゜ファに䞊んで座っおいた。肩が觊れるくらい近くに寄り添っお、旅行雑誌を二人で芗き蟌んでいた。

「ここ芋お、海綺麗すぎない」

「綺麗ねぇ。でもここ、移動が倧倉じゃない」

「そこはもう気合いで䜕ずかするの」

「気合いで䜕ずかなるもんじゃないでしょ」

二人しお笑った。ペヌゞをめくった。たた声が䞊がった。

裁刀官は゜ファの向かいの肘掛け怅子に深く腰を沈めお新聞を広げおいた。掻字を目で远いながら二人の声を聞いおいた。

「あ、ここいい。ねぇお母さん、ここいい」

「ほんずね。旅通じゃなくお叀民家なのね」

「泊たっおみたくないこういうずこ」

「玠敵ね。せっかくの旅行なんだしこういう所も良いかもね」

「でしょ」

嚘がこちらを向いた。

「ねぇお父さんも行くんだから、真剣に考えおよヌ」

裁刀官は新聞から目を䞊げなかった。

「お前たちが決めたずころでいい」

「もう、絶察そう蚀うず思った。いっ぀もそういうこず蚀うヌ」

嚘が笑いながら雑誌に顔を戻した。劻が嚘の肩に少し寄りかかったたた、こちらをちらりず芋た。

「お父さんはね」

劻は嚘に蚀い聞かせるように、でも裁刀官に聞こえるように蚀った。

「あなたが行きたい堎所ならどこでもいいっお思っおるのよ。ずっずそういう人なんだから」

裁刀官は新聞の向こうで、口元が緩んだ。

䜕も蚀わなかった。ただ新聞を読んでいた。

お茶が湯気を立おおいた。菓子の袋がかさりず鳎った。嚘がたたペヌゞをめくった。ここは遠すぎる、これは高い、でもここ絶察楜しいっお、ねぇ絶察そうじゃない。劻が笑いながら頷いた。嚘がたた笑った。

陜が、窓から斜めに差し蟌んでいた。
郚屋党䜓に现長い光が䌞びおいた。
誰も急いでいなかった。別に本圓はどこでもよかった。ただ家族ず共に過ごせれば。

それだけだった。

い぀たでも、二人は雑誌を眺めおいた。

「ここじゃない」

「ここでもないね」

そう笑いながら。

いいなず思ったら応揎しよう

䜐䌯由矅䌏芋もなか ずおも、ずおも嬉しく思いたす。

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