【エッセイ】「ムウバってなに?」
皆様、子供の頃に風邪を引くと、お母さんが看病してくれた時のことを覚えていますか?
病院へ連れて行ってくれたり、お粥を作ってくれたり。ふかふかの布団の中で感じるあの安心感は、まさに母親の愛情そのものでした。
ただ、大人になった今でも思い返すと、ある不思議な疑問が浮かび上がります。
「なぜ、あんなに近くで看病しているのに、お母さんには風邪がうつらないんだろう?」
最近知ったのですが、そこには「オキシトシン」というホルモンが関係しているそうです。別名「愛情ホルモン」。大切な存在に愛情を持って接することで分泌され、免疫力を高める手伝いをしてくれるのだとか。
お母さんが風邪をひかないのは、我が子への「無敵の愛情」が天然のバリアになっていたから。そう思うと、母親という存在の偉大さに改めて胸が熱くなります。
……そんな、偉大で、尊くて、少しだけ「天然」な私の母を巡る、ある事件についてお話しさせてください。
私には姉と弟がいます。今はそれぞれ別の場所で暮らしていますが、6年ほど前の母の日、「たまには盛大に感謝を伝えよう」と、サプライズでプレゼントを贈ることにしました。
まずはリサーチです。偵察部隊として弟が実家へ向かい、母にさりげなく「今、欲しいもの」を聞き出しました。
後日、私、姉、弟の3人は地元のファミレスに集まりました。
「で、おかあ、なんて言ってた?」
私が聞くと、弟は真面目な顔で答えました。
「…ムウバが欲しいって」
私と姉の頭上に、巨大な「?」が浮かびました。
ムウバ。…ムウバって何?
早速、スマホを取り出しGoogleで「ムウバ」を検索してみます。
ヒットしたのは、〈あの手この手で人を驚かし、生命エネルギーを吸い取る〉という、なんとも恐ろしいポケモン「ムウマ」だけでした。
母が知っているポケモンはピカチュウのみ。生命エネルギーを吸い取るゴーストタイプを母の日に贈るわけにはいきません。Google先生がお手上げなら、もう自分たちの脳みそを絞るしかありません。
「あ! 分かった。お母ちゃん、言い間違えたんだよ!」
姉が閃きました。さすがは長女、弟たちとは回転の速さが違います。
「キューバじゃない?」と弟。
やれやれ、これだから末っ子は困ります。そこら辺の主婦が、母の日に一国を所望するはずがありません。
「じゃあ、チューバ?」と姉。
母に音楽の才能がないのは、私たちが一番よく知っています。それに、もし正解だとしても、あんな巨大な金管楽器、どこに買いに行けばいいのでしょうか。
「…分かった!マイケル・ムーア監督だ!」
私の推理に、二人が沈黙します。母は邦画派です。アメリカの社会派ドキュメンタリーを母の日に観せても、きっと肩を落とすだけでしょう。
沈黙が流れるファミレス。ドリンクバーの氷が溶ける音だけが響く中、姉がテーブルを叩きました。
「…ルンバだ! ルンバに決まってる!」
それだ!満場一致でした。
家事の負担を減らしたい主婦の味方、お掃除ロボット・ルンバ。
「ムウバ」と「ルンバ」。濁音の感じも似ているし、何よりプレゼントとしての説得力が違います。
私たちは意気揚々と給料を出し合い、最新のルンバを購入しました。
当日、手渡すと母は目に涙を浮かべて喜んでくれました。姉は「してやったり」の顔で笑い、弟は照れくさそうに鼻をこすり、私は柄にもなくその光景を何枚も写真に収めました。
「愛情ホルモン」が溢れ出すような、幸せな家族のひととき。
私たちの絆は、ルンバによってさらに深まった……
はずでした。
後日判明したのですが、母が本当に欲しかったのは「バランスボール」だったそうです。
……なぜ「バランスボール」が「ムウバ」に変換されたのか。
それは、宇宙の始まりを解明するのと同じくらい難解なミステリーです。読者の皆様、どうか深く考えないでください。
でも、あの時、母の日にみんなで頭を抱えて悩んだ時間こそが、私たち姉弟からの本当のプレゼントだったのかもしれない。ルンバの音を聞くたびに、私はそう思うことにしています。
いいなと思ったら応援しよう!
チップをくださった方のユーザー名を心の中で大叫びして感謝します。本当にいつもありがとうございます。