ショートショート『BBQ』
今日は、最近知り合いになった小春(28歳)ちゃんとの三度目のデートで、夜のデパート屋上で待ち合わせをしていた。
三度目とはいえ、まだお互いに探り探りの距離感だ。それでも一緒にいると自然と笑える。小春ちゃんは少し天然なところがあって、その予想外の言動に何度も笑わされてきた。そこがまた可愛らしい。
今日はデパート屋上でバーベキューをする予定だ。飲み放題付きだし、手ぶらでOKとのこと。
便利なもんや。
待ち合わせ時間になると、小春ちゃんが見えた。
なぜか上着を着ていない。
(え、ブラもしてないやん)
両手で胸を隠しながら、少し恥ずかしそうにこちらへ歩いてくる。周りの人も何事かという顔でちらちら見ている。
「あれ、小春ちゃんなんでブラも着けてへんの?」
「いや。カズ君が手ブラで来いって。このどすけべが」
(いやいや、そっちなん?)
頭の中で「手ぶら」の意味が百八十度違っていたことに気付く。
「小春ちゃんはちょっとここで待ってて」
俺は慌てて婦人服売場へ走った。
店員さんに事情を説明する勇気はなかったので、インナーとてきとうなTシャツを急いで選び、レジへ向かう。こんな買い物をする日が来るとは思わなかった。
戻ってきて、小春ちゃんに服を渡し、「手ぶら」の意味を説明した。
「なんだー。そういうことか。カズ君がそういう性癖なのかと思ったじゃない」
そう言って笑顔で舌を少し出した。
(まぁ、ちょっと得した気分ではある)
心の中だけでそう呟き、何事もなかったような顔をする。
「じゃあ、服も揃ったし、バーベキュー楽しもうや」
「おー!」
予約したことを店員さんに伝えると、席へ案内された。
都会のデパートの屋上は夜景が綺麗で、遠くにはビルの明かりが星みたいに並んでいる。夏で暑かったが、ときどき吹く夜風が気持ちよく、炭の匂いが食欲をくすぐった。
「とりあえず火つけようや」
「私、火起こし得意だよ」
「じゃあお願い」
小春ちゃんは自信満々に頷くと、カバンの中からアルコール度98%のスピリタスを取り出した。
(え……そんなもん持ち歩いてるん?)
そう思う間もなく、彼女はスピリタスを口に含み、もう片方の手にはチャッカマンを持つ。
一瞬だけ間が空く。
そして焼き台の炭に向かって、一気に口から炎を吐き出した。

(え、そんな付け方なん)
「確かに火つけるの上手やん」
俺は少し引いていたが、機嫌をそこなうと燃やされてしまいそうだったので、精一杯の笑顔でそう言っておいた。
小春ちゃんは満足そうに「でしょ」と胸を張る。
どうやら、さっき使っていたスピリタスは飲むためではなく、火起こし専用らしい。今はジョッキに入ったレモンサワーを美味しそうに飲んでいる。
(用途が限定的すぎるやろ)
その後は肉や野菜を焼きながら、一時間ほど他愛もない話を続けていた。
仕事のこと、休日の過ごし方、好きな食べ物。
小春ちゃんは話すたびにコロコロ表情が変わって、笑ったと思えば急に真顔になり、またすぐ笑う。その自由さが不思議と心地いい。
「小春ちゃんってどんな人がタイプなん?」
「やっぱり男らしい人かな。虫とか退治してくれる人」
その時、一匹の蠅が焼き台の近くを横切った。
「虫嫌ー!」
そう叫ぶや否や、小春ちゃんは迷いなくスピリタスとチャッカマンを手に取る。
(まさか……)
嫌な予感は見事に当たった。
蠅めがけて火を吹いた。
炎は俺のすぐ横を通り抜け、
「ゴォーー」
という低い音とともに、一瞬だけ辺りの空気が熱を帯びる。

蠅は跡形もなく焼け死んだ。
(虫退治する男いらんやん)
「その技どこで教わったん」
「お父さんから躾られてて。厳しいお父さんだったから。なぜか私には厳しくて。妹はできないの」
少し遠くを見るような目で、小春ちゃんは昔を思い出している。
その口調だけは、さっきまで火を吹いていた人とは思えないほど穏やかだった。
(一子相伝なん)
「小春ちゃんって少し変わってるよね。いい意味でだよ」
「ありがとう。私、頭悪くて、絵が上手なことぐらいしか才能ないんだよね」
(ジミーちゃんやん)
「学生の頃はジミー小春って褒められてて」
(馬鹿にされてること気づかんかい)
天然にも程がある。
でも、本人が幸せそうだから、それはそれでいいのかもしれない。
「あ、そうそう。今日カズ君にこれ渡そうと思って」
そう言うと、小春ちゃんはカバンの中をごそごそ探し始めた。
取り出したのは、丁寧に四つ折りにされた一枚の紙だった。
「これカズ君の似顔絵」
嬉しそうに手渡された紙をゆっくり開く。

(どんなタッチやねん。絶対バカにしてるやろ)
おしまい
