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なぜ、元プロほど自分に厳しくなるのか——「やらない」という振る舞いの前で迷う

 『元プロのプライド』Gemini版

その道に長けていた人は、「思うように出来なくなった自分」に厳しい。

現場で過ごしていると、素人目には「充分上手なのに」と思える場面によく出くわす。けれど、ご本人はそう受け止めない。気に入らないから、できないから、悔しいから。やりたくない。やらない方がまし。そんな気配や言葉が、道具や行為のあいだに落ちている。

絵付けの仕事をされていたAさんに筆や絵の具をお勧めすると、手で押しやるような、払うような仕草をされた。「使い勝手が違う」「こんなんじゃダメ」とおっしゃる。「ご自宅から道具を持ってきましょうか」と提案しても、「もう無い」と返ってくる。Aさんがデイサービスで使ってくださるのは色鉛筆だけだ。色鉛筆を手に取ると、塗り絵の余白に背景を描き足したり、花などの写生をされたりしていた。

流しで歌っていたBさんや、民謡のプロだったCさんも、普段はよっぽどのことがないと歌ってくれない。忘年会のときにスタッフの余興のトリをお願いしたときや、レクリエーションとしてステージを用意して慰問ボランティア風のしつらえにしたとき、あるいは風呂場でうっかり声が漏れたとき。そういう限られた機会のほかは、マイクを向けられても歌おうとはしなかった。

書道の先生だったDさんは、普段は筆を持ってくれない。鉛筆なら文字を書いてくださるのだが、毛筆となると避ける。ある年の正月の書初めのとき、Dさんは渋々筆を取ってくださったことがあった。けれど、書き終えると「ダメダメ」と言いながら紙を破りそうになった。慌てて素早くお預かりして破れるのを防いだことを覚えている。その一方で、スタッフの成人式のお祝いのときには、垂れ幕の文字を書いてくださったこともあった。

一方で、こちらの依頼に快く腰を上げて、棚や戸の滑りを直してくれるEさんがいる。Eさんは大工さんだったわけではない。元の職業も技術系ではなかった。ただ、昔から工作系が得意で、自宅でも筆立てや引き出しを作っていらっしゃったそうだ。 職員が頼むと、Eさんは「そのくらいならやるから工具持っといで」と淡々と道具を取り、作業をしてくださる。修繕が終わった後も、「その後どうか」とスタッフに尋ねたり、通りすがりに自分から仕上がりを確認したりして、自他の判断でやり直してくれることもあった。レクリエーションや体操、食器拭きや洗濯物畳みといった日々の活動にも、「出来ることはやりますよ」というスタンスで参加してくださっていた。

同じ「元プロ」と呼ばれる方のなかでも、全員が同じ反応を示すわけではない。お花の先生やお茶の先生だった方は、現場で用意できる道具や材料が限られていても、「何とかしてみるわ」と言って取り組んでくださることが多かった。

違いは、どこにあるのだろうと思う。

Aさん〜Dさんの拒否や回避の仕方は様々だった。「下手になったからイヤ」「今更もうやりたくない」「思うようにできないんだもの」と直接言葉にされる方もいれば、不機嫌そうにそっぽを向く方、無言になられる方もいた。

過去の仕事について尋ねると、成績のことを少し嬉しそうに語る方もいれば、生徒さんとの思い出やお客さんの反応を話す方もいて、総じて淡々と振り返られることが多かった。そして、一人でいるとき、誰にも見られていない場面で、そーっと道具を触ったり試したりして、やめたり続けたりする姿も見かけた。続けていらっしゃるときは、気づいていないふりをした。(こっそり写真は撮った。)

職員の側でも、「元プロなのだからやってくれるだろう」と期待することもあれば、逆に「元プロだから、やってくれないかもしれないね」とあらかじめ察することもある。 どうしたら乗ってもらえるだろうかと、場所を変えてみたり、スタッフがわざと下手にとりくんで「違う、そうじゃない」という誘導を狙ってみたりと、あらゆる手を出してみた。けれど、手指の動きや視力、声量、呼吸、認知機能といった身体的な低下が背景にある場合、リハビリの専門職ではない自分たちにできることには限界があり、無理強いはできなかった。

声をかける言葉ひとつ、タイミングひとつをとっても、ご本人の受け止め方はその時々の気分によって変わる。こちらとしては同じように声をかけた段取りであっても、やってくださる時もあれば、やってくださらない時もあった。どちらが正解だったのかは分からない。

「もっと喜んでも良かったのかな」 「しつこく誘ってみても良かったのかな」 「他の道具はなかっただろうか。今ならデジタル的なアプローチもあったかもしれない」

後になってから、そう振り返ることもある。

「その道に長けていた人は、なぜ自分に厳しくなるのか」 プロとしての誇りなのか、身体の衰えに対する葛藤なのか、あるいは単に「もう十分にやった」という区切りなのか。その明確な理由は、ご本人たちの言葉や振る舞いの間を行き来しても、ひとつに絞ることはできない。

どうするのが「良い」んだろう。 今も、答えは見つけられない。

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