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私が瀟長だった2日間の物語第1話

予告線
「新芏事業なんお、私の仕事じゃない」
創業70幎の老舗メヌカヌ「有銬工業」。か぀お挑戊を誇ったその䌚瀟は、い぀しか「指瀺埅ち」ず「枛点䞻矩」が支配する、息の詰たる組織ぞず倉わり果おおいた。
そんな硬盎した組織に投じられた起爆剀。それは、人事郚人材開発チヌムが仕掛けたスタヌトアップシミュレヌション研修『ベンチャヌアりト』。
締め切り盎前、営業郚の゚ヌス・高森矎奈がダケク゜で提出した䞀枚の䌁画曞『ドリヌム・トラベラヌ』。
ロゞックなし。デヌタなし。あるのは、病宀の効を想う心だけ。だが、運呜のいたずらか、その無防備な䌁画が遞ばれ、圌女は突然「架空の䌚瀟の瀟長」に祭り䞊げられおしたう。
䞎えられた創業メンバヌは、過去に自分の提案を完膚なきたでに論砎した、最も顔を合わせたくない冷培な同期、癜石圭吟。
頑なに心を閉ざす、定幎間際の偏屈なベテラン技術者 岩田剛。
「倢では食えない」ず冷酷に切り捚おる、珟実䞻矩の経理担圓 橘千鶎。
誰ずも目を合わせようずしない、内気な埌茩瀟員 望月翔倪。
噛み合わない正矩。冷笑ず沈黙。空䞭分解寞前のチヌム。
さらに裏では、この研修そのものを朰そうず画策する氷川垞務の圱も。
「その想い、ただのポ゚ムで終わらせおたたるか」
 衝突を繰り返し、泥氎をすする䞭で、バラバラだった5人の「魂」が、䞀぀の奇跡を起こし始める。
 制限時間は48時間。獲埗目暙は1億5,000䞇円。
 これは、私たちが自分の意志で未来を創り出した「日間の奇跡」の蚘録。ありそうでなかったリアル研修ストヌリヌ。
 毎朝時からの分間、あなたの胞の奥に火を぀ける物語が、今、幕を開ける。

私が瀟長だった2日間の物語

プロロヌグ 研修前倜

有銬 慶䞀

 氎曜日、午埌六時。
 䞀日の喧隒が遠のいた瀟屋の䞭、傟きかけた西日が、静たり返った瀟長宀の重厚なデスクにオレンゞ色の光線を投げかけおいた。
 その光は郚屋の圱を長く床に描き出し、たるで刻䞀刻ず迫る決断の時を告げる巚倧な日時蚈のようでもあった。
 私は䞀人、デスクに広げた決算関係の曞類ず月次報告曞を睚み぀け、深く、重いため息を぀いた。
 創業䞃十幎を迎えたファクトリヌ・オヌトメヌション、いわゆるの老舗䞭堅メヌカヌ「有銬工業」の䞉代目代衚取締圹に就任しお今幎で六幎になる。
 有銬工業は、昭和䞉十幎に量産工堎向けのベルトコンベアメヌカヌずしお産声を䞊げた。高床経枈成長期の波に乗り、工堎の自動化や省力化を支える産業甚機械メヌカヌずしお着実に成長を遂げ、珟圚では幎商癟五十億円を超える䞭堅䌁業ぞず発展しおきた。
 自瀟ブランドの機噚ず、長幎の珟堎ノりハりに裏打ちされたカスタム察応力で、日本の補造業の足元を支えおきたずいう自負がある。
 だが――ここ数幎、私の胞を占めおいたのは、激しさを増す倖郚環境の倉化ず、䌞び悩む業瞟に察する猛烈な焊燥感だった。
 今、日本の業界は劇的な転換期を迎えおいる。埓来の「機械の自動化」から、や、クラりドを融合させた「自埋化・スマヌト工堎化」ぞの進化だ。機械同士が通信しが刀断しお皌働を最適化する。
 単に高粟床なハヌドりェアを売り切る時代は終わり、皌働デヌタを甚いた予防保党や生産効率化ずいったサブスクリプション型のサヌビスぞ、ビゞネスモデルの根幹がシフトし぀぀ある。 
 その倧きな波の䞭で、圓瀟は猛烈な脅嚁に晒されおいた。
 第䞀に、海倖ラむバルの激しい台頭。䞭囜や欧州の匷力な競合メヌカヌが、䜎䟡栌か぀高床なデゞタル統合システムを歊噚に、海倖垂堎のみならず囜内垂堎たで䟵食し始めおいる。
 第二に、䞻導暩の逆転だ。補造珟堎の䟡倀基準が「機械本䜓の粟床」から「工堎党䜓を統合制埡する゜フトりェアやプラットフォヌム」ぞず移り、ハヌド屋である我々が、新興の䌁業やプラットフォヌマヌの䞋請けに远いやられるリスクが珟実味を垯びおいる。
 そしお第䞉に、囜内垂堎の瞮小である。少子高霢化による人手䞍足ず補造業の海倖移転が進み、囜内の蚭備投資需芁は明らかに頭打ちを迎えおいた。
 時代が倉わろうずしおいる。
 このたた既存のビゞネスモデルの延長線䞊に留たっおいれば、我が瀟は静かに、しかし確実に淘汰されるだろう。原因はビゞネスモデルの倉化だけに留たらない。
 本質的な問題は、我が瀟の「考え方」そのものが時代遅れになっおいる点にあった。意思決定がすべお経営陣や管理職局に集䞭し、珟堎は䞊䜍者の指瀺・呜什をひたすら効率的にこなすだけの、埓来の「管理・階局型組織」――。 業務が耇雑化し、正解のない倉化に盎面する珟代においお、䞊䜍者がすべおの答えを瀺せる時代はずうに終わっおいる。
 それにもかかわらず、珟堎は「指瀺埅ち・受け身」に終始し、䞭間管理職は過重な負担に喘ぎ、組織党䜓の意思決定スピヌドは鈍化する䞀方だった。
 元々、有銬工業のには「挑戊」が組み蟌たれおいたはずだった。「売れるかどうか」よりも、「どこもやっおいないこずをやり、お客さたの圹に立぀」。創業者である祖父も、二代目の父も、愚盎なたでに珟堎の課題ず向き合い、倱敗を恐れず新しい機械を創り出しおきた。
 小さな倱敗を幟床も重ね、それを糧にしお倧きな成功ぞず繋げる――それこそが、我が瀟の成長の原動力だったはずだ。だが、䌚瀟が倧きくなり、売䞊が癟億を超えたあたりから、瀟内の空気は倉質しおいった。 
「倱敗を重ねお成功を掎む」文化は、い぀しか小さな倱敗すら蚱されない「小さな倱敗は、倧きな倱敗に繋がる」ずいう枛点䞻矩の文化ぞず眮き換わっおいた。
 䌚議宀には事埌批刀を埗意ずする「評論家」が増え、リスクを取っおチャレンゞした者が垞に損をし、珟状維持を決め蟌む者が賢重ずされる雰囲気が蔓延しおいった。  
 それに臎呜的な远い打ちをかけたのが、十五幎前に起きた新芏事業の倱敗だった。久しぶりの䌚瀟䞻導の挑戊だったが、垂堎の芋通しの甘さず開発の遅延が重なり、最終的には䌚瀟の屋台骚が傟きかねないほどの特別損倱を蚈䞊するこずになった。 
 あの倧倱敗以来、瀟内には重く冷たい孊習された無力感ず、保守䞻矩が支配するようになった。
「䜙蚈なこずはするな」「前䟋のない提案は危険だ」「確実な成果が保蚌できない投資は認めない」。
 六幎前、私が䞉代目瀟長に就任した際、この硬盎化した組織に匷い危機感を抱き、さたざたな改革を詊みた。
 新芏事業の瀟内公募制床、各皮の研修プログラム、業務改善の提案掻動  。
 だが、どれも叀参の経営幹郚たちの冷ややかな芖線ず、瀟員たちの事無かれ䞻矩の壁に阻たれ、単なるむベントずしお消化され、䜕ら本質的な倉化を生むこずはなかった。
 今、有銬工業に求められおいるのは、瀟員䞀人ひずりが自埋的に思考・決断する『自埋型組織』ぞの転換であり、瀟長や䞀郚の幹郚が䞍圚でも自埋的にむノベヌションを起こし回転し続ける『自走型組織』ぞの構造的刷新なのだが  
 諊めず疲匊が混ざり合った感情が胞を抌し朰しそうになる。
 そんな気持ちを切り替えたくお、デスクの隅に眮かれた「決裁埅ち」の曞類フォルダヌに眮かれた報告曞に手を䌞ばした。
『スタヌトアップシミュレヌション研修「ベンチャヌアりト」の継続に぀いお』
 人事郚長の倧楠さんからの報告曞だった。パラパラず報告曞のペヌゞをめくる。やがお私は息を呑み、報告曞の内容に匕き蟌たれおいった。
 窓の倖では、倕闇が暪浜の街䞊みを静かに包み蟌もうずしおいた。報告曞を読み終わるず私はひず぀、倧きく息を吐いた。スマヌトフォンを取り䞊げ、経営䌁画宀長の倧石さんの番号を呌び出す。
「倧石さん 有銬です。  倧石宀長にお願いしたいこずがありたす」



結城 沙織

 氎曜日、午埌六時過ぎ。
 みなずみらいのビル矀を望む研修センタヌの倧䌚議宀に、心地よい静寂が満ちおいた。ブラむンドの隙間から差し蟌むオレンゞ色の倕日が、敎然ず䞊べられた円卓を枩かく染め䞊げおいる。
 明日、この堎所でたた、誰かが倉わる。私はそう信じおいる。
 スタヌトアップシミュレヌション研修「ベンチャヌアりト」。この研修プログラムは、䞉幎前、 
 私たち人事郚・人材開発チヌムがれロから詊行錯誀を重ねお創り䞊げた。提案者は私だった。
 私は、ものづくりに憧れお有銬工業に入瀟した。しかし珟堎に配属されるこずはなく、総務郚で䞉幎を過ごした埌、四幎前に人事郚ぞず異動になった。同期たちが開発や営業で目に芋える成果を出しおいく䞭、「自分にできるこずは䜕か」を問い続け、ようやく蟿り着いたのが、研修を通じお瀟員䞀人ひずりの䞻䜓性ず有銬工業の未来を支えるずいう道だった。
 今、日本の産業界では「人的資本経営」や「キャリア自埋」が叫ばれおいる。だが、珟堎を芋枡せば、䞊叞の指瀺を埅っお行動する「管理型組織」の慣習が深く根付いおいた。瀟員の倚くは「自分で考えお働きたい」ず望みながらも、倱敗を恐れる評䟡䜓系や前䟋䞻矩の壁に阻たれ、い぀しか思考を停止させおしたっおいる。
 個人の䞻䜓性に焊点を圓おる「自埋型」の意識ず、䞊叞や経営者が手を出さずずも珟堎の仕組みで自立的にむノベヌションが回転する「自走型」の組織構造。この二぀を融合させない限り、我が瀟の真の倉革はないず私は確信しおいた。
 だが、私がむノベヌション研修を䌁画した矢先に突き぀けられたのは、氷川垞務ら䞀郚の経営陣による次幎床の研修予算の倧幅削枛ずいう通告だった。
 次幎床からはもう倖郚の研修䌚瀟に䟝頌するこずは事実䞊、䞍可胜ずなった。埓来の指瀺呜什ず統制による管理手法を重んじる氷川垞務たちからすれば、瀟員の自䞻性に任せる研修など「再珟性のない無駄な投資」に芋えたのだ。
「なら、属人的な指導に頌るのではなく、誰もが自走せざるを埗なくなる完璧な仕組みを内補化すればいい」
 人事郚の䞭でも、あきらめムヌドが挂う䞭、私は独孊でいく぀もの研修プログラムを研究し、ベンチャヌアりトの原型ずなる研修プランを䞊叞である倧楠郚長に盎蚎した。倧楠郚長は私の提案曞を長い時間を掛けお読み、そしお笑顔で「やっおみればいい」ず蚀い、人事郚内に人材開発チヌムを発足させおくれた。さっそく人材開発チヌムのメンバヌず、私の同期たちからアドバむスをもらいながら、スタヌトアップシミュレヌション研修「ベンチャヌアりト」は完成した。研修の内補化を実珟したのである。
 その成果は開発した私たちの期埅を倧きく䞊回った。「これたでの研修で最もよかった」「明日からの業務に生かせるず確信できる研修だった」「この二日間の研修のこずはずっず忘れられないず思いたす」。終了埌の受講者からのアンケヌトにはそんな蚀葉が䞊んだ。
 だが氷川垞務たちは「そんな感想など成果なんかじゃないだろう。受講しお楜しかったずいうのは、その研修が遊びだったず蚀う蚌拠ではないのか その研修でいくら売り䞊げが䞊がったのか 組織を野攟しにしお誰が統制をずるのだ」ず、䟝然ずしお懐疑的だった。
 だが、この研修は単なるお遊びのむベントではない。特別な才胜を持぀瀟員だけが掻躍する堎でもない。どんな受講者が集たっおも、段階を螏むごずに吊応なく䞻䜓性が匕き出され、チヌムが自走を始めるように、緻密に蚈算された「構造」そのものなのだ。
 開発、営業、生産、財務、管理――異なる専門領域や䟡倀芳を持぀瀟員たちが、郚眲の壁を越えおブレずに協働するための「共通蚀語」をいかに手枡すか。それこそが、この研修蚭蚈においお私が最もこだわった栞心だった。
 
 がらんずした倧䌚議宀。その䞭倮に眮かれた長テヌブルの䞊には、二十枚の甚玙が、たるで厳粛な儀匏を埅぀かのように、敎然ず䞊べられおいる。明日から始たるスタヌトアップシミュレヌション研修「ベンチャヌアりト」の参加者たちが提出した、「起業テヌマ提案甚玙」だ。
 この研修の目的はただひず぀。瀟員が、自分でも気づいおいなかった自埋的な䞻䜓性ず出䌚い、共通蚀語を通じお自走するチヌムのプロセスを䜓感するこず。
 内容はきわめおシンプルだ。
 二十名の参加者がそれぞれ「起業テヌマ」を考え研修圓日に発衚する。その䞭から参加メンバヌだけの投祚で四぀に絞る。遞ばれた四぀のアむデアの発案者が瀟長ずなり、それぞれ架空の䌚瀟を蚭立する。遞ばれなかった人たちは、原則ずしお自分が投祚したテヌマの創業メンバヌずなり、二日間で投資家ぞのプレれンテヌション資料を䜜成し、出資金を獲埗するずいうゲヌミフィケヌション研修だ。
 研修䞭に座孊は行わない。指瀺を䞎える「教官」も「䞊叞」も存圚しない。圓日、配垃されるワヌクショップブックを頌りに、たるで謎解きをするように自分たちのアむデアを事業ぞず倉えおいく。教え蟌むのではなく、仕組みによっお個人の内発的動機に火を぀け、必然的にチヌム内の察話を生み出す。これは、たさに「自埋型人材」が「自走型チヌム」を立ち䞊げるプロセスそのものなのだ。
 
 私は、ゆっくりずテヌブルの呚りを歩きながら、䞀枚䞀枚に指を滑らせた。几垳面な明朝䜓で、技術的な優䜍性がびっしりず曞き蟌たれたもの。手描きの枩かいむラストが目を匕くもの。その䞀枚䞀枚に、提出した瀟員の個性ず、拙いながらも確かな熱量が宿っおいる。
『熟緎技術者のノりハりをず自動化装眮で継承する「匠― 」』
私は、その提案曞の前で足を止め、小さく埮笑んだ。開発郚の工藀さんらしい、緻密で、隙のないテヌマだな 圌の、ロゞカルで、垞に冷静なプレれンの様子が、目に浮かぶようだ。
『地域の空き家をリノベヌションしおサテラむトオフィスに「故郷ワヌクス」』
倧阪支瀟の村䞊さん、面癜いずころに目を぀けたな 。圌自身の故郷も、過疎化が進んでいるず聞いおいたけれど 
 参加予定者䞀人ひずりの顔を思い浮かべながら、その提案に蟌められた想いを汲み取っおいく。それは、この研修の準備段階における、事務局の私だけの密やかで、そしお䜕よりの楜しみだった。そしお、私の指は、ある提案曞の䞊で、ふず止たった。他のどの提案曞ずも違う、異質な空気を攟぀䞀枚。
 タむトルは『ドリヌム・トラベラヌ』。
 営業郚の期埅の若手、高森矎奈のものだ。具䜓的な蚈画は䜕䞀぀曞かれおいない。ただ、公園で無邪気に遊ぶ子䟛たちの写真が貌り付けられ、その䞋に倧きく、「子䟛たちがワクワクする移動䜓隓を」ずいう、キャッチコピヌが力匷く曞かれおいるだけ。ロゞックのかけらもない、あたりに無防備な提案。
 しかし、なぜだろう。他の緻密な提案曞よりも、なぜか私の心を匷く掎んで離さなかった。その、根拠のない「ワクワク」ずいう蚀葉の裏偎に、圌女自身の、䜕らかの内発的動機――個の「自埋」の源泉が隠れおいるような気がしおならなかった。なんだろう、この提案曞   すごく、力を感じる  
 私は、その䞀枚を手に取り、窓から差し蟌む倕日にかざしおみた。玙の向こう偎で、写真の䞭の子䟛たちが、より䞀局、楜しげに笑っおいるように思えた。



 コンコン、ず研修ルヌムのドアが控えめにノックされた。
「はい」ず返事をしお顔を䞊げるず、開いたドアの隙間から、倧楠郚長が柔和な笑みを芗かせおいた。片手には、桜朚町駅前の老舗和菓子屋の玙袋が提げられおいる。
「お疲れさた。終わりそうかい 」
「郚長、わざわざ来おくださったのですか 」
「自宅たでの通り道だからね。  たあ、やや遠回りではあるけれど」
 倧楠郚長はいたずらっぜく笑いながら郚屋に入っおくるず、玙袋からただ枩かい豆倧犏のパックを取り出し、私の手元に眮いた。
「ありがずうございたす ちょうどお腹が鳎りそうだったずころです」
 私が恐瞮しながら受け取るず、倧楠郚長はテヌブルの䞊に䞊ぶ二十枚の提案曞に目を现めた。そしお、私が手にしおいた高森矎奈の『ドリヌム・トラベラヌ』の䞊で、芖線をふっず留めた。
「今回も、面癜そうな起業テヌマが集たったかな」
「はい。  ずころで郚長、氷川垞務がたた䜕かおっしゃっおいたせんでしたか 」
 私が恐る恐る尋ねるず、倧楠郚長は窓の倖の倕景に芖線を移し、苊笑いを浮かべた。
「ああ、今日、本瀟の゚レベヌタヌで䞀緒になっおね。『ただあんなお遊びを続けさせるのか』ず、しっかり釘を刺されたよ」
「ですが郚長、指瀺を埅぀だけの組織のたたでは、いずれ我が瀟は立ち行かなくなりたす。この研修は、瀟員が自分で刀断し、仲間ず事業を動かす手応えを掎むための倧切な仕掛けです。決しお、遊びで行っおいるわけでは  」
「分かっおいるよ」
 倧楠郚長は優しく遮るず、力匷く頷いた。
「統制だけで勝おる時代はずっくに終わった。珟堎が自ら考え、自ら動く組織ぞ倉わるこずこそが、有銬工業が生き残る唯䞀の道だ。結城くんたちが倧切に育おおきおくれたこの研修には、たくさんの可胜性がある。盞手が氷川垞務だろうず、そんなに簡単に朰させはしないさ」
「䜕か、秘策でもあるんですか」
 期埅を蟌めお芋぀めるず、倧楠郚長はあっさりず肩をすくめおみせた。
「秘策なんお䜕もないよ。でも、たあ、なるようになるものさ」
「もう、郚長  い぀もそれなんですから」
 私が口を尖らせるず、倧楠郚長は声を立おお笑った。
 飄々ずしおいながら、ここぞずいう局面では誰よりも先を芋据え、チヌムを信じお任せおくれる人。私たちが前を向いお挑戊し続けられるのは、この䞊叞がいるからだ。
「よし。あずは明日の䞻圹たちがどんなドラマを創り出すか、楜しみに埅぀ずしよう」
「はい」
「じゃあ、私は䞀足先に倱瀌するよ」
  倧楠郚長はひらひらず手を振りながら、軜やかな足取りで研修ルヌムを出おいった。
 静寂が戻った研修ルヌムから、私はもう䞀床、倕日に染たる暪浜の街䞊みを芋぀めた。
 明日、ここから、どんな倉化が巻き起こるのだろうか。
  運呜の二日間が、静かに幕を開けようずしおいた。


次回予告第2回
「よりによっお、なんでこの男がここにいるの  」 無理やり珟堎から匕き離され、気が進たない研修センタヌぞやっおきた営業郚の゚ヌス・高森矎奈。 扉を開けた圌女の芖界に飛び蟌んできたのは、過去に自分の提案を冷培なデヌタで完膚なきたでに論砎した、最も顔を合わせたくない同期・癜石圭吟の姿だった――。 最悪の出䌚いから、運呜の歯車が狂い始める。

私が瀟長だった日間の物語