会社による従業員のメール・チャットの調査・閲覧について
先日、Xにおいて、会社から支給されているデバイス(PC、スマホ等)を用いて、私的なやり取りを行うことの是非と、会社による調査・閲覧がどこまで認められるかについて議論が起きていました。
Xは短文匿名の多いSNSですから、かなり雑な意見も大量に発生していましたが、論点は
1.会社は技術的に従業員のメールやチャットの履歴を見ることができるのか?
2.技術的に可能な場合、誰がどのような時に調査・閲覧を行うのか?
3.調査・閲覧は法律上・社会通念上・道義上問題となる点はないのか?
に分類できるように思います。こうした複合的な論点の一部について、他の意見を苛烈に批判しながら自説を述べているケースも見られ、あまり建設的な議論にはなっていないような印象を受けました。しかし、調べてみるとこれがなかなか奥深いテーマであること、私の当初の理解も必ずしも的確ではなかったことが分かってきたので、整理のためにこのnoteを書いています。
私の当初の理解
1.会社は技術的に従業員のメールやチャットの履歴を見ることができるのか?
→ ログは残っており、当然見ることができる
2.技術的に可能な場合、誰がどのような時に検査を行うのか?
→ 内部告発があった場合など、重大な問題が生じている可能性があり、理由が合理的に説明できる場合に限り、ごく一部の部門の人間が検査を行う
3.メールやチャットの検査は法律上・社会通念上・道義上問題となる点はないのか?
→ たいていの場合、会社支給品の私的利用については禁止されていることもあり、法律上の問題はない。ただし、むやみに見るのは「通信の自由」を侵害するような印象もあり、従業員と会社の信頼関係を損ねる可能性もあるため、明確な必要性がある場合にのみ慎重に行うべき。
議論の中で見られた意見
Xでは、「1」についてはそれほど議論はなかったようですが、「2」「3」については、「部長級ポジションであれば部下のメールやチャットを監視できるのは当然」という意見や、「定期的にメールの監査がある」という意見がある一方で、「そんな検査は個人情報保護の観点からおかしい」「そんなことが行われるのはガバナンス上問題」という意見まで実に多様でした。上述の私の意見は、まあ中間的なところかなと思います。
過去の判例
会社・上長によるメールの検査・監視については、有名な裁判例が2件あります。結論だけを見ると、いずれの事件でも会社側による調査・閲覧は違法とは判断されていません。ただし、そのことをもって、会社が従業員のメールをいつでも自由に閲覧できると理解するのは適切ではありません。むしろ、両判決は、会社による調査権限を認めながらも、その行使には一定の限界があることを示しています。
F社Z事業部事件
1件目は、いわゆる「F社Z事業部事件」または「電子メール・プライバシー事件」と呼ばれる東京地方裁判所平成13年12月3日判決です。
この事件では、従業員が上司である事業部長を批判する内容のメールを家族に送ろうとして、誤ってその事業部長本人に送信してしまいました。その後、事業部長は当該従業員のメールを閲覧するようになり、従業員がパスワードを変更した後も、IT部門に依頼して、従業員らのメールを自分宛てに自動転送させて監視を続けました。このことについて従業員が事業部長に対して損害賠償請求を行ったものの、訴えは棄却されました。
当時のこの会社では、電子メールの私的利用を禁止するルールの周知徹底や、会社が私用メールを閲覧する場合があることの事前告知は行われていませんでした。それでも裁判所は、この事案における監視行為が、損害賠償の対象となるプライバシー権侵害にまでは当たらないと判断しました。つまり、会社側による検査・閲覧は本件においては損害賠償の対象となるほど悪いことではなかったという結論です。
もっとも、この判決が示した一般論は、会社による無制限な閲覧を認めるものではありません。裁判所は、会社のネットワークを利用した私用メールについて、通常の私用電話よりもプライバシー保護の範囲が低下することは甘受すべきであるとしました。その一方で、次のような場合にはプライバシーの侵害となり得るとの考え方を示しています。
* メールを監視する職責のない者が閲覧する場合
* 責任ある立場の者であっても、職務上の合理的必要性が全くない場合
* 個人的な好奇心などから監視する場合
* 社内の管理部門等にも秘匿し、個人の恣意的な方法で監視する場合
この事件では、事業部長が事業部の最高責任者であったことや、従業員らによる私用メールの程度などが考慮され、最終的に違法性が否定されました。しかし、事業部長自身が問題の当事者であったため、第三者が監視を行う方が妥当であったことや、事業部長が当初、自分の端末から独自にメールを閲覧した方法は相当とはいえないことを指摘しています。
日経クイック情報事件
2件目は、日経クイック情報事件と呼ばれる東京地方裁判所平成14年2月26日判決です。
この事件では、社内で従業員を誹謗中傷するメールが送信され、会社が、送信者である可能性が高いと判断した従業員について事情聴取やパソコン内のメールファイルの調査を行いました。誹謗中傷メールの送信者を特定するための調査の過程で、当該従業員による大量の私用メールも発見され、会社が懲戒処分を下したところ、当該従業員が、会社による調査や個人データの閲覧はプライバシーの侵害であるとして提訴したものです。誹謗中傷メールの送信者として疑われる合理的な事情があり、さらに調査の過程で過度の私用メールも判明したことから、会社側の調査の必要性が認められやすい事案であったとはいえそうです。実際、判決でも従業員の訴えは退けられています。しかしながら、裁判所はこの調査の妥当性を認めつつも、調査には
「しかしながら、上記調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行きすぎた支配や拘束ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容しうる限界を超えていると認められる場合には労働者の精神的自由を侵害した違法な行為として不法行為を構成することがある。」
と、かなり強い表現で会社側に対しても行き過ぎは認められないことを述べています。
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