予防は見えない 「あのトレーナー/コーチが怪我をさせた」は、どこまで本当か
担当している選手が怪我をした
その知らせが入るだけで、本当にめちゃくちゃ落ち込みます。あれは慣れるものではありません。いや、自分が担当していなくても、誰かが怪我をしたと聞くだけで気が沈む。贔屓の陸上選手や、応援している球団の選手が怪我をしたときなんかも、けっこうこたえます。
ほんで、プロ野球選手が怪我をすると、SNSでは担当のトレーナーやコーチが叩かれます。事情の見えない外から、石が飛んでくる。あれを見るのは、ただ胸が痛い。とはいえ、いちファンがトレーナーや選手にあれこれ言うのは、まだ分かるんですよね。(とはいえ最近は言いすぎたろ〜ってのもあるけど)
でも、同じことを同業者が言うと…「あの球団は怪我が多い」「あのコーチが、トレーナーが怪我をさせた」感情は少し違います。対策をしたって怪我は起きる。それは、現場にいるあなたなら本当は分かっているはずでしょう、と。分かっているはずの人が指をさすのか。おい、という気持ちのほうが強くなります。
なぜこう思うのか。結局のところ、トレーナーの良し悪しを外から測ること自体が、本当はものすごく難しいからです。結果(怪我の数)でも、実力そのものでも、です。今回はその「難しさ」を書きたい。そのうえで、どこまでなら正当に問えるのかも考えてみます。
もちろん、こうした「庇いたい」「分かってくれよ」という気持ちと、トレーナーを正しく評価できるかどうかは、別の話です。同業だから庇う、では前に進みません。なるべく冷静に整理してみます。
怪我というのは、起きたことしか確認できません。防がれた怪我、起きなかった怪我は、どこにも痕跡を残しません。この非対称性が、トレーナーの評価を最初から歪めてしまっています。
予防は反事実でしかない
「怪我は増えていない」とトレーナーが言うとき、その主張はむしろ控えめすぎるのかもしれません。本当はもっと防いでいた可能性があります。ですが同じ理由で、防いだことを証明することもできません。観測できるのは「起きた怪我」だけで、「起きなかった怪我」は最初から数えようがないからです。

予防効果は「実際に起きたこと」と「介入しなかった場合(反事実)」の差。反事実は観測できないため、直接は見えない。
ただ、ここは正確に言い直したいところです。予防は原理的に観測できないわけではありません。この「起きなかったこと」を推定するために、因果推論や傷害の疫学は方法を積み上げてきました。曝露時間あたりの発生率、対照群、継続的なサーベイランス集団のスケールでなら、予防効果(正確には、介入した群としない群のリスクの差)は推定できます。問題は、1チーム・1トレーナーという単位では、サンプルも対照もなく、効果を切り分けられないことです。
つまり「観測できない」のではなく「この粒度では分離できない」のだと思います。怪我はもともと数が少なく、年ごとのブレも大きい。1チームぶんのデータでは、たとえ本当に効果があっても、偶然のブレに埋もれて見分けがつかなくなります。原理的に不可能なのではなく、データの量と設計の問題です。この区別は地味ですが大事で、解けない問題と、設計次第で解ける問題とでは、打つ手がまるで違ってくるからです。
帰属もできない
仮に怪我が起きたとしても、それをトレーニングのせいだと言い切ることはできません。試合負荷なのか、蓄積疲労なのか、トレーニングなのか、ただの不運なのか。怪我の成因は多因子で、きれいには切り分けられません。「トレーニングが怪我をさせた」も「トレーニングが怪我を防いだ」も、同じくらい同定が難しいというのが正直なところです。
さらにやっかいなのは、怪我をしやすい選手ほど、手厚く見てくれるトレーナーのところに回されやすいことです。怪我が多ければ、外部の接骨院やジムに足を運ぶきっかけも増えるでしょう。すると「あの人が見ると怪我が多い」という相関が出ますが、これは警察官の多い地域ほど犯罪が多い(から警察官が増やされている)のと同じで、因果が逆かもしれません。担当の数字が悪いのは、ケアの難しい選手を任されていることの裏返しでもあるわけです。
コンプライアンスと権限は外から見えない
見えないのは、効果の大きさだけではありません。たとえばプロ野球選手は、自由業に近い立場です。与えられたメニューを本当に実行しているかどうかも、外からは見えません。結果が出ていないとき、それが処方が悪かったせいなのか、選手が従わなかったせいなのかその区別がつかないわけです。
そして権限の問題があります。そもそもトレーナーに、それを強制できるだけの権限があったのか。組織内の力関係は外からは見えません。だから「結果が出ていない=トレーナーの責任」という外からの判定は、コンプライアンスと権限という、二つの見えない要因に阻まれ、二重に当てになりません。
だから「結果で裁く」のは筋が悪い
ノイズが大きく、原因も切り分けられず、サンプルも小さい。こういう条件のもとで結果だけを見て人を評価するのは、意思決定の質と結果を取り違える典型的な誤りです。
しかも、たまたま(たまたまですよ!!!)怪我が多かった年の翌年は、特別なことをしなくても減りやすいものです。トレーナーが代わった前後で数字がたまたま動いただけのものを、その人の手柄や責任として読み替えてしまう。
前後で比べること自体がいつも悪いわけではありません。ただ、怪我のようにブレが大きく、背景も動く指標では、単純な前後比較は足をすくわれやすい。評価すべきは、結果ではなく過程です。手に入る情報と、持っていた権限の範囲で、妥当な判断ができていたか。見るべきは、本来そこです。

たまたま怪我が多かった年の翌年は自然に下がる(たまたまの場合ですよ!)ブレの大きい指標を単純に前後で比べると、これを「改善」と取り違えやすい。
では、腕を直接見ればいいのか
とはいえ、その過程や腕を外から見極めるのも、簡単ではありません。
指導の良し悪しは、数字にもはっきりした形にも表れにくい、抽象的なものです。同じ専門家どうしでも、相手の腕を正確に格付けするのは至難の業。ましてや、トレーニングの専門家でない人が外から見極めるのは、ほぼ不可能だと思います。
さらに厄介なのは、「ではその評価は誰がするのか」を突き詰めると、きりがなくなることです。腕を正しく評価できるのは、それだけの腕を持った別の専門家だけ。ではその専門家の腕は誰が保証するのか……と遡っていくと、どこにも終点がありません。外からの評価は、思っているよりずっと当てになりません。
ただ、それで全員が免責されるわけではない
評価が難しいといっても、何も言えなくなるわけではありません。腕の優劣を細かく順位づけるのは無理でも、専門家の目があれば「これは明らかにまずい」を外すことはできます。解像度は粗くても、下限のスクリーニングはできる、ということです。
そして、その「明らかにまずい」のいちばん分かりやすい形が、「わかっているのに、やらない」です。エビデンスは知られているのに、現場に実装されない。これは結果のブレと違って、外形からも見える失敗なので、ここは正当に問えます。
しかも、これは印象論ではありません。以前 僕のInstagram でも紹介した、MLBの現場スタッフを対象にした調査では、「有効だと信じている予防戦略」と「実際に使っている戦略」のあいだに明確なズレがあり、回答者の約半数が実装上の障壁、選手やコーチの納得、遵守、過密日程を挙げていました。資金も人材も揃っているはずのMLBのトレーナーですら、分かっていても通せていない。わかっていてもできない、はデータにも出ているわけです。

「効くと信じる戦略」と「実際に使う戦略」のズレ。コア/腰骨盤強化は有効性下位なのに使用1位、高速走暴露(つまり速いスプリントの処方)は有効性上位なのに使われない。出典: Lazarczuk et al. 2024.
それでも「リスクを取れない」のは臆病ではなく合理です
ここも正確に言いたいところです。実装されないのは、知らないからでも怠けているからでもない場合が多いかと思います。インセンティブの非対称性のせいです。

MLBですら回答者の53%が実装の障壁を報告。多くは個人の怠慢ではなく、納得・遵守・日程といった構造的要因。出典: Lazarczuk et al. 2024.
新しい方法を試して目立つ怪我がひとつ出れば、トレーナーは責められ、下手をすれば職を失います。一方で得られる改善はわずかで、手柄も拡散してしまう。負ければ自分の責任、勝っても自分の手柄にはならない。この構造のもとでは、保守的に振る舞うことが個人にとっては合理的になってしまいます。たとえ集団にとって最適でなくても、です。
つまり「リスクが取れない」というのは、トレーナーが組織とのあいだで抱えるプリンシパル・エージェント問題です。選手が必ずしも指示どおりには動かない。その構造と同じものが、今度はトレーナーと組織のあいだにも働いている。性格の欠陥ではなく、構造の問題です。
まとめ
結果だけで、トレーナーの良し悪しは測れません。予防は見えず、怪我の原因は切り分けられず、結果は運やノイズ、そして外から見えない事情に紛れてしまうからです。
かといって、腕を直接ランクづけするのも、専門家でさえ難しい。だから現実的にできるのは、せいぜい二つです。専門家の目で「明らかにダメ」を外すこと。そして「わかっているのにやっていない」を問うこと。粗いけれど、結果だけで決めつけるよりは、ずっとまともだと思います。
その「わかっているのにできない」の大半も、無知や怠慢ではなく、インセンティブと権限とリスクの非対称性という構造から来ています。だとすれば、直し方もまた、個人を責めることではなく、構造を変えることのほうにあるはずです。
だから、最後にこれだけは言わせてください。外から、結果だけを見て誰かを裁くのは、本当に難しい。せめてそこだけは、分かってもらえたらと思います。
Lazarczuk SL, Headrick J, Hickey JT, Timmins RG, Leva FA, Bourne MN. Hamstring Strain Injury Prevention: Current Beliefs and Practices of Practitioners Working in Major League Baseball. Journal of Athletic Training. 2024;59(7):696–704. doi:10.4085/1062-6050-0640.22
