【 小さな宿 】 177章 宿と身体とピラティス 【変わりゆく身体、変わらない味】
その光線を交わしながら動くしかできなかった。
1個100円
最近は新しいスタジオに足を伸ばすことが多くなった。今日もそこへ行く。所属しているスタジオにあったメニューがなくなり、それを別のスタジオで受けるためだ。
その前に、最寄りのスタジオでフォームローラーのレッスンを受け、体は十分ほぐれていた。それでも最近は歩きが足りていない気がする。散歩ついでに昼をとろうと、商店街へ向かう。
細かい動きを詰めるより、体を大きく使うほうが自分にはしっくりくる。
一ヶ月の中国・香港の旅では一日平均14,000歩ほど歩いていた。日常に戻るとその量はめっきり減った。ここからスタジオまでは2km弱。以前なら1kmを超えるだけで遠く感じていたが、今は2kmという数字にもひるまない。身体の縮尺が少し変わったのかもしれない。
2つの重なり
南森町で降りる。商店街へ向かい、中村屋へ行く。店の通りを挟んだ真向かいに、イートインコーナーができていた。スタッフも以前より多くなった気がする。
変わらないのは味だけだった。懐かしく、甘いコロッケだ。
すぐに取り出して口に入れる。気づけば2つ目も食べていた。
久しぶりのこの商店街は土曜だけあって活気がある。新しい店が次々増え、以前そこに何があったか思い出せない。麻辣湯の店もでき、あちこちに行列ができている。ここは自分にとって完全にアウェーで、どの店に入るべきか迷った。
天満駅手前、額縁屋。小学生の頃、絵を習っていたとき、ここに画材を買いに来たことがある。 Amazonなんて、なかった。
ここも変わらないな。
結局、レッスン前でもあり、重い食事は避けようとパン屋に入る。ミニクロワッサン、塩パン、ハムチーズロールを手早く選び、食べながら歩く。
レッスンまでまだ40分以上ある。近くの花壇の縁に腰を下ろし、書きかけの文章を仕上げる。
イタリアからギリシャへ向かう船旅が、不意に戻ってくる。あれはもう27年前のことだ。それでも今なお鮮やかに思い出せるほど、退屈で厳しい一日のこと。
水と鏡
スタジオへ向かう。担当はWさん。初めて受けるインストラクターだ。以前このスタジオで別のレッスンを受けたとき、ここで「3Dコンディショニングフロー」——音楽に合わせ立体的に手足を大きく使うピラティス——を見つけた。それが今日来た理由でもある。
Wさんはレッスンの冒頭で、先週の一周年記念の屋外ピラティスレッスンの話をしていた。参加したかったが、この時期はヒノキ花粉でやられるため、見送ったレッスンだ。
オンラインでも受けられるはずだが、この動きはスタジオでこそ成立する。ボールを使い、手足を大きく広げる3Dフローは小さな部屋には収まらない。さらに他の参加者と動きを合わせる。
鏡の前で、自分と他の2人、そして前に立つWさんが動きを合わせる。自分は少し遅れる。鏡越しに視線が届く。追いながら動く。
初めてのレッスンだ。脳に動きのストックがない。次にどんな動作が来るか分からないから、足も膝も揺れる。仕方ない。そういうことにしておこう。
気づくと鏡の自分を意識しなくなり、動きだけを追っていた。汗はすぐに出る。鏡を見れば、やはりわずかに遅れている。
とても朗らかで柔らかい。話しぶりも、視線も。
しかし鏡越しに跳ね返ったとたんに、それはレーザー光線のようにこちらに向かって来た。彼女自身にはどう映っているのか。それはわからない。
手足を伸ばすと天井に触れるので、一段高い空間を選んで動く。Wさんは周りのものをそっとずらしてくれていた。
細やかな気遣い。そして、やはり見られている。
終盤、他の2人も少し戸惑うような動きが入る。自転車を漕ぐような動きから、そのままロールアップ——体を丸めながら起こす動作——していく。重心がどこにあるのか分からない。
それを淡々とこなすWさん。こちらは思わず声が出る。
音楽に合わせて動くはずなのに、最初はそれどころではない。
レッスンで流れた曲は十曲くらいだっただろうか。そのうち一曲だけ、知っていた。
まさかこの曲で、誰かと動きを共にし、体を動かすことになろうとは。思ってもみなかった。
気づくと、動いているふりをしながら体を上げていた。奥歯を食いしばりながら。
十分ほどで汗が落ちる。
ランチをパンで済ませたのは正解だった。もし餃子の王将で腹いっぱい食べていたら、悲惨だった。
さっき食べ歩いているときに持っていた水はすでに飲み切っていた。一回目の水分補給のタイミングでは、飲む水がなかった。
二回目の水分補給のとき、さすがに限界で、備え付けのウォーターサーバーに思わず走った。
眠りの刻
1時間動き続け、最後はマットに横になる。体がほどけていく時間。何も決められていない感じが少し続く。たまらなく心地良い。このまま眠りたかった。
それでも汗は残っている。息もまだ整わない。
終わってみると、2コマ分くらい動いたような感覚だけが残る。
Wさんに挨拶。
また来週。
帰りはスタジオの前の地下鉄へ向かう。少し重いまま階段を降りる。
駅で改札を抜け、カバンの中を探してコロッケをひとつ食べる。まだ体のどこかが動いている感じがある。
やっぱり甘い。
次はミンチカツも足してみたい。
その夜はいつもより早く布団に入った。いつもなら1時か2時、5時間も眠れればいいほうだ。しかしこの夜は11時に布団に入り、7時間以上眠れた。
体が引き締まる。体力がつく。それ以上に、よく眠れる。だから自分はピラティスを続けているのかもしれない。
気づけば朝。
そして、また瞼を閉じた。
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