時間が無いという幻想。今すぐスマホ見るのやめろ
「仕事をして、通勤して、家事をして、睡眠時間を確保したら、自分のために使える時間なんて残らない」
こういう話を見るたびに思う。
スマホ捨てろ。
まずスクリーンタイムを見せてほしい。X、Instagram、YouTube、TikTok、ニュースアプリを合計して、本当に一日30分以内なのだろうか。
朝起きて15分。トイレで10分。通勤中に30分。昼休みに20分。帰宅してソファで1時間。寝る前に1時間。
これだけで一日3時間近くになる。
一日3時間をスマホへ使えば、年間1095時間である。丸一日換算で45日分。毎年一ヶ月半、寝ずにスマホを見続けているのと同じ時間を使っておきながら、「勉強する時間がない」「運動する時間がない」「本を読む時間がない」と言っている。
時間がないのではない。
自分でスマホへ渡している。
しかも、スマホの問題は画面を見ていた時間だけではない。
Xを30分見た時に失うのは30分ではない。腹の立つ投稿を見て、引用を読み、反論を考え、投稿した後は反応を確認する。スマホを閉じても、頭の中ではタイムラインが動き続ける。
他人の政治思想。知らない夫婦の喧嘩。東京と地方の対立。弱者男性。奢り奢られ。昨日まで存在すら知らなかった人間の失言。
何の関係があるんよ。
こちらだけが時間と集中力を払い、現実には何も持ち帰れない。部屋は汚いまま、仕事は終わらないまま、参考書も開いていない。だけれども、何か重大な社会問題について考えたので、一日を有意義に使った気分だけは残る。
Xは、人生を進めずに人生へ参加した気になれる装置である。
私もXを見なくなって、最初に増えたのは時間だと思っていた。
実際には少し違った。
時間より先に、脳の空き容量が戻ってきた。
仕事から帰ってスマホを開かなくなると、部屋の散らかりが気になる。本を一ページだけ読める。少し歩こうと思える。noteの下書きを作れる。翌日の仕事についても、変な不安を膨らませずに準備できる。
他人の出来事で埋められていた場所に、自分の現実が戻ってきたのである。
スマホを見ずに8時間寝るだけでも、自己規律を保ちやすくなり、イライラが減り、体感の可処分時間は大きく増える。寝る直前までタイムラインを見て、睡眠の質を落とし、翌朝は起きられず、日中は頭が働かない。
その状態で「時間がない」と言われても、そりゃそうだろとしか思わない。
自分で今日の時間だけではなく、明日の集中力まで使っている。
もちろん、育児や介護をしている人、本当に長時間労働をしている人には時間がない。全員がスマホをやめれば暇になるという話ではない。
だけれども、大半の「時間がない」は、正確には「スマホを見る時間を減らしてまでやりたくない」である。
勉強する時間がないのではなく、Xより勉強の優先順位が低い。
運動する時間がないのではなく、YouTubeより運動の優先順位が低い。
本を読む時間がないのではなく、知らない人の炎上を見る方が楽しい。
それならそう言えば良い。時間のせいにするな。
スマホを完全に捨てる必要まではない。地図、決済、連絡、銀行、音楽には普通に使えば良い。問題なのは、目的もなくタイムラインを開き、他人が投げ込んでくる情報に自分の時間を明け渡すことである。
空いた時間で何をするかも、最初から完璧に決めなくて良い。
五分だけ片付ける。本を一ページ読む。少し歩く。参考書を机へ出す。何もせず音楽を聴いても良い。
スマホを見ずにアルバム一枚を最初から最後まで聴く。今では、それだけでもかなり贅沢な時間の使い方になってしまった。
時間管理アプリも、朝活動画も、効率的なルーティンもいらない。
時間がないのではない。自分の時間を、自分と何の関係もない人達へ配り続けているだけである。
この記事を読み終わったら、次の記事を探すな。
今すぐスマホを閉じろ。
