【BGM】LoFi Hip Hop 会津・猪苗代・郡山、福島の初夏に向かうエモい音 創作秘話
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福島の街、湖、そして帰り道。どこか懐かしく、それでいて今も続いている風景をテーマにしたLo-fi Hip-Hop集です。静かな通りを歩く時間、広がる水辺の余白、夕暮れに少しだけ残る空気。特別な出来事はないけれど、なぜか記憶に残る瞬間を音で表現しています。
なぜ福島だったのか
今回の制作で最初に決めたのは、「強すぎないエモさ」でした。
福島という土地は、歴史・自然・日常が無理なく同居している稀有な場所です。観光地として切り取ることもできるし、生活の延長としても成立する。その“どちらでもある感じ”が、今回のテーマである「消えていない記憶」と非常に相性が良いと感じました。
完成された過去でもなく、完全に新しい現在でもない。少しだけ時間が重なっているような感覚。それを音として形にしたいというのが出発点です。

会津若松・七日町という“重なり”
最初の舞台に選んだのは会津若松・七日町です。
古い建物が残りながらも、現在進行形で使われ続けている街。ここには“保存された過去”ではなく、“生きている過去”があります。
歩いていると、ガラスに映る景色や、少し遅れて届く音、建物の影の柔らかさなど、時間の層を感じる瞬間があります。そうした微細な違和感や重なりが、今回の楽曲の核になっています。
音としては、あえて主張しすぎず、揺らぎや余白を残すことで、聴き手の記憶と自然に混ざるように意識しました。

猪苗代湖が持つ“広さの力”
次に選んだ猪苗代湖・志田浜は、完全に対照的な存在です。
ここには“広さ”があります。それも、ただ広いだけでなく、音や感情が吸い込まれていくような広さです。
湖畔に立つと、自分の輪郭が少し曖昧になる感覚があります。孤独というほど強くはないけれど、少しだけ自分が小さくなる。その感覚が、今回の楽曲の中心にあります。
音はより開放的に、しかし空間を埋めすぎないように設計しました。余白を保ったまま、広がりだけが残るような構造です。

郡山・開成山公園外周の“何もなさ”
最後は郡山の開成山公園外周。
ここで描きたかったのは、“何も起きていないのに残る感情”です。
人が行き交い、車が通り、日常が普通に流れている。その中で、ふとした瞬間にだけ感じる余韻。夕方特有のやわらかい空気と、少しだけ長く伸びる影。それらが重なることで、「ただの帰り道」が記憶に残る風景に変わります。
音も同様に、過剰な演出は避け、静かな流れの中にわずかな感情を残すように整えました。

6曲をひとつの流れとして
今回の作品は、6曲それぞれが独立しているようでいて、全体としてひとつのストーリーを持っています。
会津で時間が重なり、猪苗代で広がり、郡山で現実に戻る。
ただし戻った後も、完全には切り替わらず、少しだけ余韻が残る。この“残り方”が今回最も大事にした部分です。
曲順も含めて、聴き終わったあとに何かが消えるのではなく、少しだけ残るような構造になっています。

ローファイちゃん2.0という存在
動画の中では、猫のいるアトリエで絵を描き続ける少女が登場します。
彼女はこの世界の説明をする存在ではなく、ただ静かにそこにいて、描き続ける存在です。
今回も動きや表現を少しだけアップデートしていますが、本質は変えていません。
見る人が意識しすぎない程度に、しかし確かにそこにいる。音と同じように、“気配”として機能する存在です。
消えないものとしての風景
今回の制作を通して感じたのは、記憶というものは消えるのではなく、薄く残り続けるものだということです。
強く思い出すことはなくても、ふとした瞬間に感じる。
その感覚を音と映像で再現することが、この作品の目的でした。
会津余光散歩、猪苗代風余白、郡山帰路光。
それぞれの場所は異なりますが、共通しているのは「何も起きていないのに残る」という感覚です。
最後に
作業用として流しても、散歩のBGMとして使っても構いません。
ただ、もし少しだけ余裕があるときには、音の奥にある風景を感じてみてください。
特別な何かは起きませんが、きっとどこかに、自分の記憶と重なる瞬間があるはずです。
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