エリック・サティの猫的な曲―2月22日 猫の日に聴きたい音楽
エリック・サティの音楽には、しばしば「猫的」な気配が感じられます。
それは猫を描写した音楽ということではなく、
サティが猫を「気まぐれで、独立していて、媚びない存在」として好んでいて、そして、そのような性質が、サティ自身の芸術観とも重なっている、
という意味です。
猫のシャンソン
サティの5曲の歌からなる歌曲集「潜水人形Ludions」(1923年)に収録された最後の曲「猫の歌 Chanson du chat」。この曲は、サティ自身が正式に《猫のシャンソン》という題名で残しているわけではありません。この呼び方は、研究者や演奏家によって用いられる、いわばファンによる愛称的な言い方です。
感情の波に仕えないのが猫
猫は、人間が悲しんでいても、慰めようとはしません。
人間が嬉しがっていても、猫が一緒に喜ぶとは限りません。
サティの音楽も、ある意味同じです。
ことさら感動させようとはせず、
必要以上に盛り上げようとはせず、
また、共感を強要したりもしない。
つまり、感情の波立ちに仕えることを、あえて選択しない、
そんな音楽なのかもしれません。
自由な距離感を保つのが猫
猫は、近づきすぎると離れ、
離れすぎると、ふと、こちらを見ます。
サティのシャンソンも、聴き手との距離を一定に保ちます。
感傷に踏み込まず、意味を決めつけず、
解釈を聴き手に委ねる。
だからこそ、聴くたびに違う表情を見てとることができます。
猫の日にサティを聴く
2月22日(猫の日)は、
頑張らなくていい日。
役に立たなくていい日。
意味を決めなくていい日。
そんな日に聴く、サティの《猫のシャンソン》。
何かメッセージのようなものが込められた音楽ではなく、
ただ一緒に過ごすための音楽です。
猫の日が、どうぞいい一日でありますように。
詩: ファルグ(Léon-Paul Fargue, 1876–1947)
曲: サティ(Alfred Erik Leslie Satie, 1866–1925)
ちなみに、サティは歌詞の中で、言葉の意味よりも響きを優先します。
ナンセンスや擬音、無意味語が多く、それはどことなく猫の鳴き声やしぐさを思わせます。
からかっているようでいて、さりげなく温かい。
サティの猫的ユーモアは、攻撃的ではなく、
軽く爪を立てるだけなのです。

以下は、AIによる試訳です。
主語がはっきりせず、呼び名もころころ変わる。
まさに、猫に向かって話しかけているときの言葉のようです。
ちっちゃな いきものが いるの
ティ・リ、ちいさな こども
ティレラン
それは かわいい ちびっこ
ママの たからもの
ティルラン
ちいさな ティナンの こじか
まっしろな ちびすけ
ちっちゃな おちびさん?
それは ぼくの こぶた
ぼくの ぶたちゃん
ぼくの ちいさな ぶたちゃん
まどに ぴょんと とびのって
はなを くんくん ならす
だって むこうの てっぺんに
とりたちが きりとられて みえるから
ティルロ
ちっちゃな いたずらっこ
ちいさな ぶにぶに
ちっちゃな ポタサオ
それは ぼくの こぶた
ぼくの ぶたちゃん
ぼくの ちいさな ぶたちゃん
おまけ: ピアノを弾く天才猫🤣
私の記事をマガジンに加えて頂きました!ありがとうございます。


