『神奈川沖浪裏』と『洋上の小舟』 北斎とラヴェル
上野・国立西洋美術館で開催中の展覧会
『北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより』
に行ってきました。
ご存知のように、葛飾北斎の浮世絵の斬新な構図や、劇的な表現は、かつて西洋の芸術家たちに大きな衝撃を与えました。
当時、なかでも注目されたのが、『神奈川沖浪裏』です。

学校の教科書などで、日本人なら一度は目にしたことのある絵ですが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスの芸術家たちの間でも、この浮世絵は熱狂的に受け入れられました。
巨大な波、翻弄される小舟、その奥に静かにたたずむかのような富士山。
静止画なのに音や動きまで感じさせる大胆な構図と、まるで波が生きものであるかのような描写は、多くの西洋の芸術家たちの心にも何か響くものがあったのだろうと想像します。
ちなみに、ドビュッシーがこの絵を自室に飾っていたという話はよく知られています。また同時代に、30歳前後であったラヴェルも、北斎の絵からインスピレーションを得たと思われる作品を作曲しています。
作品のタイトルは、組曲『鏡』より、『洋上の小舟』です。
きらめく海原の、刻一刻と表情を変化させていく繊細な波を表現している、とても魅力的な作品です。
19世紀末から20世紀初頭のパリでは、いわゆる「ジャポニスム」の熱狂があり、また、音楽、美術、文学が互いに強く影響を与えあっていました。
「アパッシュ」と呼ばれていた若い芸術家たちの集まりには、ラヴェルも参加し、さまざまな作家や画家、音楽家たちとの交流を深めました。その中にはとても気の合う画家のポール・ソルドもいて、『洋上の小舟』は、ポール・ソルドに献呈されました。
もともと内気で控えめな性格だったラヴェルにとって、数多くの芸術家たちと共に過ごす時間は非常に刺激的だったようで、ラヴェル自身も、この時期は特に創作意欲が高まり、彼のキャリアの中でも多くの重要な作品が生まれています。
そして、『洋上の小舟』も、そのような環境の中で作曲されました。
この曲の冒頭から現れる左手のアルペッジョは、絶えず揺れ動く波を、
右手の漂うような旋律は、波間に浮かぶ小舟を表現しているようです。
寄せては返す波のうねり。
光を反射しつつ、たえず形を変え続ける海面。
その自然の様子は極めて緻密に表現されていますが、
実は、ラヴェル自身は、
「即興に聞こえるような音楽を書きたい」
と周りの人に語っていたといいます。
(ここでいう「即興」は、(東洋的な意味での)「自然」という言葉に
置き換えることができるのかもしれません。)
ちなみに『鏡』という題名については、
「鏡の中に映る自らの魂」を意味しているとも言われています。
ラヴェルは、自分の感情を波立たせる「リアルな現実」より、
音楽を通して表現される「普遍的な情緒の反映」のほうに
興味を持っていたようです。
当時、ラヴェルの初期の作品に対して厳しい評価をしていた音楽評論家ピエール・ラロも、組曲『鏡』についてはその独創性を高く評価しました。
特に『洋上の小舟』と『鐘の谷』について、
「音楽的な楽しみ以上のものがある。そこには感情や感傷が含まれている」とラロは記しており、他の多くの批評家たちも、『鏡』を新しいピアノ音楽の創始として受けとめました。

ラヴェル自身は、この曲のリズムのあり方については
「せきこまず、また速すぎずに、柔軟なリズムで」
と彼にしては珍しく、やわらかめの表現で記しています。
水のごとく流れ続ける音があり、
アルペッジョは揺れ、波は光を反射し、
目を閉じて聞いていると、
あたかも本物の海の音が遠くから聞こえてくるかのようです。
北斎は、繰り返される波のダイナミックな「うねり」を、一枚の絵の中にスパッと鮮やかに切り取ってみせましたが、
一方、友人の画家ポール・ソルドを通じて、日本の美意識に触れていたであろうラヴェルは、絶えず形を変え続ける波の自然な「ゆらぎ」を、音の連なりで、ありのままに表現しようとしていたのかもしれません。(そして、その音楽表現には、もしかしたら、無意識のうちに、東洋的な自然観が反映されていた可能性もあるのかもしれません。)

▼下記の評伝の著者マデリーン・ゴスは、1937年12月、パリで「ラヴェルの死」に遭遇した、アメリカの作家で、この本は英語で出版された初めてのモーリス・ラヴェル評伝です(1940年出版)。演奏動画が付属しており、QRコードでアクセスできるようになっています。
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