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昭和後期 田舎者の東京生活 カフェバーバイト

寮の同級生と単発の肉体労働のアルバイトに行きました。

バイトが終わり、解散した駅が銀座近辺でしたので、
普段は縁のない銀座を散歩してみます。

いつもバイトを探している私は、バイト募集の張り紙を見つけます。

乗り気でない寮生を引き連れて、張り紙の店に入りました。

面接

当時流行りのオシャレなカフェバーで、ヒゲをはやした店長が直ぐに対応してくれます。

その場で面接、純朴さが良かったのか、二人とも即 合格。

私は " 銀座でオシャレなカフェバー " バイトにウキウキしながら、皿洗いとして働くことになりました。

この店は元中華料理店で、それを改装し、
中華料理+カフェバーとして雑誌でも何回も取り上げられていました。

働き始めて一週間もするとホールで注文をとるようにもなり、
メニューも覚えていきます。

バーテン

更に時給が良い夜間勤務になり、
カウンターでバーテンもするようになりました。

特別に舌が肥えた人でなければ、
カクテルを作ったのが、プロかバイトかはわからないようです。

<私よりも後に入った大学生のバイトの話です。>

見慣れない中年男性が女性を連れて来ました。

この男性は、見た目と異なりカッコをつけています。

バーテン(後輩バイト)が作ったカクテルを飲んだ後に

男性が
「これなら許せる味だ。」

更にバーテン(後輩バイト)に対して
「君はこの道 何年?」

バーテン「2週間です。」

カウンターは凍り付き、その客は黙って帰っていったそうです。

待ち時間

当時、この店は深夜まで営業していました。
閉店後の片付けのあと始発電車に乗って寮に帰るので、
昼夜逆転生活になります。

始発までの時間を潰す為に、
店長始め従業員は勝手に店内の酒を飲んでいました。

経営者が雑なのか太っ腹なのかわかりませんが、
一度も咎められたことはありません。

今と違って輸入酒は高かったので、この時間は嬉しかったですね。

芸能人・ホステス

若者向けの雑誌にも何度も取り上げられていたので、
芸能人も来ていました。

「わらべ」 のメンバーでスキャンダルになってしまった
高部知子さんも何度か来店してくれました。

注文を取りに行くと、テレビで見るよりも何倍も魅力的で、
にこやかに話し掛けてくれて物凄く感じが良い人でした。

その後はあまり名前を聞かなくなったことはとても残念です。

その他、上田正樹さんのミュージックビデオの撮影場所になるなど華やかな店でした。

また、銀座なので夜遅くには、仕事帰りのホステスさんも来店されます。

カッコいい先輩や店長は常連ホステスと仲良くなり、
仕事中なのに一緒に帰ってしまうこともあります。

 

真夜中に責任者が不在となる緊急事態に、
私には「店を守る」という重要な任務を与えられ続けたのです。😢

料理人

この店の経営者も料理人も中国出身と聞いています。

料理人は別フロアにいるので会ったことはありません。

注文の指示も、作られた料理も、小型エレベーター経由で行います。

料理の評判は芳しくなく、
なんでも食べる私でも「ひどくて客に出せない」と思うこともありました。

料理がひどいかったり、遅かったりする場合は
内線電話を掛けて注意します。

向こうは中国語でワメキ散らすのでこちらも怒鳴り返すなど、
表の華やかさとは異なる一面がありました。

お茶と水

この店は、当時では珍しくお茶が有料なのです。
いろいろな種類の中国茶があります。

中には、
「お茶で金をとるなんて!緑茶をタダで出しなさい。」
という客もいました。

断りましたけど。


私の大学の友人は皆  貧乏でした。
親が金持ちでも本人は貧乏です。

その友達が数人で店に来てくれたことがありましたが、
メニューを見て値段に驚いています。

みんな安いソフトドリンクを1杯だけ頼み、
最安値のエビアン(水)だけを注文する者もいました。

せっかく来たバーで全員がソフトドリンクというのもなんなので、
私は従業員割引をフル活用して友人たちにビールを何杯も出しました。

でも、彼らには慣れない環境は居心地悪かったそうです。


事故

砕いた氷を使うカクテルもあります。

アイスクラッシャーという上から氷を入れてスイッチを押すと下から細かな氷が出てくる機械を使います。

この機械、たまに氷が砕けなくなることがあります。

バイト仲間はストップした機械の下から指を入れて
事故が発生してしまいました。

よく考えればあり得ない行為ですが、
仕事に慣れてくると油断してしまうのが人です。

気を付けましょう。




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