本当の強さとは。
あなたは、自分のことを
強い人間だと思いますか?
それとも
弱い人間だと思いますか?
ここでいう
強さや弱さは
肉体や地位のことではなく
精神的な面での話です。
30年程生きてきて、私が辿り着いた。
『強い人』の定義を今回は話したいと思う。
振り返れば私は、23歳まで
誰にも心を開かない人間だった。
「〇〇ちゃんはしっかりしてるね」
と子供の頃は、よくそう言われていた。
その言葉に応えようと、ちゃんとした子を演じて、人の顔色をうかがって生きてきた。
大人になってからも、争いごとは面倒なので
人の意見に同調するばかりの、はっきり言えば「自分がない」人間だった。
どうせ私のことなんて誰もわかってくれない
話したところで、現状が変わるわけじゃない
そんなふうに悲劇のヒロインぶって
殻に閉じこもっていた。
ある時、職場の後輩と中目黒の川沿いの店でランチをしていた。オシャレな空間に似つかわしくない、クズな男にハマっている話を聞いて、思わず自分の過去の話をしていた。少し前までモラハラ男と付き合って自己肯定感が底辺まで落ちた辛い時期があったと。彼女を励ましたかったのか、明確な理由は覚えていないけど、ただ、自然に自己開示をしていた。今でもその時のことをよく覚えている。
すると、相手もいろんなことを打ち明けてくれた。「人はちゃんと聞いてくれる人には、真剣に話を聞いてくれるんだ」と。
これまで感じたことのない温かさに包まれた瞬間だった。凍っていた心が溶けたような感覚がした。
その時にようやく私は気づいた。
今まで私が勝手に、壁を作っていただけなんだと。自己開示することで関係が深まるんだと学んだ。
それからは、自分の歩んできた辛かった出来事や失敗談が誰かの救いになるならと、なるべく明るく話すようになった。「時間が経てば、笑い話にできるよ」と身をもって伝えた。
都会に揉まれて生活して
気づけば30歳になっていた。
人との距離間や優しさの使い方
社会でもうまく立ち回れるようになり
生きやすくなっていた。
しかし、それでも私は「頼ること」が苦手だった。
親に当たり前に頼れる環境ではなく、祖母には心配をかけたくない。友人には心の整理がついてから話す。そんなふうに一人で抱えて乗り越えるのが私の生き方だった。
一昨年、兄が亡くなった時の私も同じだった。
情緒不安定になり、仕事への気力も失い、ただ後悔だけが張り付いていた。
そんな私を救ってくれたのは、友人たちだった。
「〇〇が力になりたいって思うように、私たちもそう思ってるんだから!」友人にそう怒られたとき、ようやく私は気づくことが出来た。
頼ることは、迷惑ではなく"相手の優しさを受け入れること"なんだと。
あと2ヶ月で東京を離れると話した時だった。
泣かせてしまうかもと思ったら、私が泣かされていた。ちょっと反省した。でもこれが私だと、これからも変わらないと思うと話した。
東京生活残り1ヵ月に迫った頃。
人前で泣かない私が、夜の公園でボロボロ泣いていた。「来年はお互い周りに頼ることを頑張ろうか」そうやって話した人がいた。
その人もまた、自分で背負い込んで人に頼ることが苦手だった。似ている部分がたくさんあったから、気持ちがなんとなくわかった。似てるがゆえにわかりすぎてしまう事もあった。
当たり前にすぐに人に頼る人には
理解できない話かもしれない。
だけど、私には、難しかった。
それでも少しずつ、意識を変えようと、
辛い時にリアルタイムで親友に電話をした。
Xのポストにも弱音を呟くようになった。
この前の年末年始なんて
お酒を飲んでは泣いていた。
感情が抑えられなくなっていた。
いろんな人が寄り添ってくれた。
とても周りの人に恵まれてるなって実感した。
今まではどこか、
弱い自分をさらけ出すことに
抵抗を感じていた。
もちろん、自分の弱い部分を認めていたけど
それを表に出せなかった。変なプライドだろうか。
完璧な人なんていないし、いつも明るい人もいない。それでも私は、肩ひじを張り「弱さを見せない自分」にこだわっていた。
でも、本当の『強い人』とは、
弱音を吐かない人ではなく、
自分の弱さを認め、
それをさらけ出せる人だと思うのです。
弱さを隠さず、それでも前を向き続ける努力ができる人。そんな人が本当に『強い人』だと、私は思います。
一つの別れを経て、
私はまた一歩成長できたと思う。
皮肉なことに、「周りに頼ることを頑張ろう」と話した人とはもう支え合えませんが、それでも、心の中でお互い応援し続けていくのだろうと思います。
強がらず、弱さを隠さない。
それが自然体で生きること。
そして、それが私の思う
『本当の強さ』だ。
終わり。
