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私の自己紹介〜いまの私をつくった転機の積み重ね〜

公務員から人材業界へ、広島へUターン、そして、この度の起業。

振り返ると転機ばかりでしたが、ようやく全部が地続きになって“いま”に結びついてきた気がします。その道のりは、決して華やかなものではなく、むしろ小さな挫折や、誰にも言えなかった葛藤の連続でした。

キャリアの仕事をしているからこそ、等身大の私という人間を知っていただきたいと思い、赤裸々にこの自己紹介を書きました。

読んでくださった方の次の一歩のヒントになれば嬉しいです。

原点|「逆転」を信じ続けた日々


正直なところ、私は学校が好きではありませんでした。顔ぶれが変わらない環境、当時はヤンチャな中学校だったということもあり、どう目立たず平穏に過ごすかが、当時の私にとっては最重要事項でした。

閉鎖的な環境から抜け出したい、けど、どうすればいいのか?

当時思いついたのは、「県外のいい大学に進学して道を開くこと」。そうすれば、就職にも困らず、生活も豊かになり、選べる力をもてて、幸せになれるはずだ、と思っていました。

勉強が好きだったわけではありませんが、「逆転したい」という一心が原動力となり、必死に勉強をする日々でした。

大学〜就活|最初の転機


パートから正社員に戻った母の応援もあり、県外の大学に入学することができました。当時の自分は甘かったので、いきたい会社にすんなり就職できるだろう、と思ってました。

ところが、就職したかった憧れの民間会社が、リーマンショックにより採用凍結に。「どうしよう…」とインターンシップやOB訪問を駆け巡りますが、「私は結局、何がしたいのか?」が見つからずにいました。人生の逆転を目指していたので、東京に出たいという気持ちだけはありました。

そんなとき、たまたま自治体の採用説明会に参加し、「公務員」という選択肢に辿り着きます。裕福な家庭でなかったからこそ、「利益に左右されず社会全体に貢献できる仕事」に惹かれ国家公務員を目指すことにしました。

とはいえ、当時、3回生の秋。
民間の就職活動をやめて、背水の陣で、公務員試験に臨みました。

国家公務員(厚労省)時代|使命感と介在価値の揺らぎ


徹夜や、始発で帰宅してシャワーして出勤など、ハードワークでしたが、生活や社会の土台を支える仕事は、使命感もあり誇りもありました。

一方で、熊本震災での補正予算対応をきっかけに、「法律や予算という目に見えない形ではなく、もっと直接的な介在価値を感じたい」という思いが芽生えるようになりました。

「環境を変えるしかないのかもしれない。」「でも、公務員以外に目指したいことがなかった。どうしたらいいの…?」そう思い、はじめて転職エージェントに相談をし、リクルートキャリア社を紹介してもらいました。

「働く喜びの輪が、新たな活力を生み出している社会を創りたい」という当時のビジョンに”社会起点×介在価値が叶う”と共鳴し、転職に踏み切ったことから、人材業界での人生がスタートしました。

人材業界へ|多様な価値観への戸惑いと、見つけたやりがい


民間の世界に飛び込み、井の中の蛙だった自分を思い知りました。
公務員とは異なり、利益を考え行動することや、いままで出会ったことのない人々との出会い。

多様な価値観に触れる中で、生きてきた世界の狭さや、みんなと同じようにできない至らなさに打ちのめされました。

例えば、当時、私は建設不動産領域のキャリアアドバイザー。転職理由の多くは「残業を減らしたい」「ワークライフバランスを整えたい」でした。
私自身がワークホリックな働き方をしていたため、その意味や背景を理解し、その方と表裏一体して考えることが難しかったです。

自分の物差しで考えるのではなく、多様な考えを受け入れる大切さを、この時はじめて知りました。

また、「優秀な人材が集う環境で揉まれたい」とリクルートを選びましたが、なかなか成果が上がらず、でもどうしたらいいのかもわからず、トイレで悔し泣きもしていました。

周囲から反対された「公務員からの転職」を押し切って、自分の意思を貫きましたが、転職後は、思うようにいかず「本当に向いていないんじゃないか…」と悩みました。

でも一方で、私自身が「なりたい自分」がわからず悩んだからこそ、中長期的な可能性を提案し、伴走できることがあるはず、と心の中で信じていました。

当時から大事にしている信念

  • 面談でお会いしたその日から、何か前向きな一歩や気づきを与えられたら

  • 自分と関わっていただいたことで、「あの時、出会えてよかった」と思っていただける存在になりたい

これは、この仕事をしてからずっと信念にしていることです。

この信念が形になった出来事があります。
数年にわたり転職活動が長期化していたAさんを担当した時のことです。

Aさんは「知名度の高い企業」に複数応募をし書類選考は通過するものの、面接で不採用が続いているとのことでした。丁寧に深掘りすると、「転職はしたいが、自分がそこで何をしたいのか、今後キャリアをどうしていくべきかわからない」という本音に行き着きました。

「自分のキャリアを今度どうしたいのか」。とても難しいことです。

そこで、「過去の経験」「行動の軸になってきた譲れない信念(自分らしさ)」「自信を持っていること(強み)」を中心にお話を伺い、整理のお手伝いをしました。

また、最初から山頂のてっぺん(=目指したいキャリアの目標)を設定するのではなく、「自分はこうありたい(=なりたい姿)」を言語化していくために、数度、面談の時間をいただきました。

結果として、自分の軸で活動できるようになり、選択肢の中から1社を応募されることになりました。

その企業へ転職された後、「納得の選択ができた」とご連絡をくださいました。入社後の「入社してよかった」「選択してよかった」というご連絡は、とても嬉しく、感慨深いものがあります。

のちにAさんから、「中村さんに知人の転職をお願いしたい」と部下や後輩を4名ご紹介いただくことになります。「リクルートの中村さん」ではなく、個人名で指名や信頼をいただけたことが本当に嬉しく、会社の看板に頼るのではなく、個人の自力を身に着けたいし、プロになりたいと、思うようになりました。

自力を蓄えるためベンチャーへ挑戦|仕事の目標と人生の悩み


会社の看板で戦うのでなくて、個人のコンサルとして戦えるようになりたい。もっと自分の力を蓄えたい。そう思った私は、少数精鋭のベンチャー・サーチ型(人材紹介会社)でのキャリアを歩むことにしました。

「一気通貫型」といわれる候補者・法人を両面で担当するスタイルで、法人営業経験ゼロを、最短でカバーしなければならない環境に身を置くことにしました。

採用してくれたのは、事業部が立ち上がって3年目・コンサルも3名という少数精鋭の会社。人数が少ないからこそ、より成果が求められます。

私に法人営業経験がないことを心配されていたのですが、「半年で成果を上げられなければ、解雇されてもいいくらいの覚悟をもってやります。なので、私を採用してください」と言って、内定を獲得しました。本当に採用してくださって感謝しかありません。

とはいえ、法人開拓もはじめての経験。法人開拓して、求人をお預かりして、候補者集客もゼロから。はじめてのことばかりで、ブランドと看板のある大手とのギャップを強く感じました。

しばらくして、広島の企業との商談の機会があり、「広島出身の私にやらせてください」と言って、担当できることになりました。
採用が難航していたポジションで関東在住の方とのご縁を紡ぐことができた経験から、「地元のためになる紹介業をやりたい」と広島Uターンを考えるきっかけが訪れます。

ちょうど、プライベートでも色々あり、「どうして、順風満帆の思い通りの人生にならないのか?」「私は、ここ東京に、存在する意味はあるのだろうか?」「でも、東京から出るって、自分に負けることになるのでは」
深く、自分の生き方について悩んでいる時期でもありました。

広島Uターン|環境を変えて見つかった喜び


「地元や地方のためになる仕事がしたい」「前を向いて自分らしく生きたい」を叶えるため、フルリモート制度のあるベンチャー人材紹介会社に転職し、のちに広島へUターンしました。

広島エリアは、知見も人脈もゼロだったので、最初はTELアポからの開拓がスタートでした。人材紹介ビジネスは、成功報酬(紹介した方の入社が決まって、入社時にはじめて請求が発生する)とはいえ、最初は全く相手にもされず、本当に新しいエリアで仕事ができるのか?不安でいっぱいでした。

心が折れそうなときもありましたが、少しずつ、TELアポで開拓した企業で複数支援がうまれたり、人脈やご紹介などで、ご支援の輪が生まれていきました。

企業からは「入社したBさん、今は部署を任せています」、候補者からは「自分の価値観に合う転職ができた。中村さん、今後も相談させてくださいね」という嬉しいお言葉がなによりも励みになりました。

起業|「橋渡し」を自分の器で


広島での3年間で、新しい気づきがありました。

地方において、企業力が向上したり活性化していくには、外部採用だけでなく、「社員の教育や、キャリア開発、人事部支援などの組織支援」も必要なのではという気づきです。
その実現をするため、その器を作るため、この度の起業に至っております。

※起業の背景は「都心と地方、企業と人をつなぐために——私が起業を選んだ理由」をご覧ください。

・もっと地方や中小企業のお役に立ちたい。
・「外部人材の採用」×「キャリア開発や教育」×「企業組織へのサポート」を一体で提供したい。

この挑戦したい気持ちは、いろいろな転機を経て、見つかったものです。

「思うは招く」。これは、起業を考える前、これからの生き方に悩んでいるときに教えていただいた言葉です。前をむいて、地道に積み重ねることの意味を学びました。

私が見つけた居場所


これまでの漂流してきたキャリアは、いま、地続きになって、自分の道しるべの地図になっていると感じます。ようやく見つけた、自分の居場所を大事に、できることを、ひとつずつ積み重ねていきます。

最後までご一読いただき有難うございました。


※キャリアのご相談、採用や組織づくりの壁打ちは、お気軽にご連絡ください。


■自己紹介
・広島県呉市出⾝。⼤阪⼤学⼈間科学部卒業。
・国家公務員として厚⽣労働省で医療⾏政業務に従事したのち、⼈材紹介業界へ転⾝。
・東京で、⼤⼿⼈材紹介会社(株式会社リクルートキャリア)、ミドル〜ハイキャリアのサーチ型の⼈材紹介会社を経て、地元・広島の地⽅活性化に貢献したいと、広島へUターン。
・都心部と地方の採用支援に約8年ほど関わってきました。
・国家資格キャリアコンサルタント。3千⼈のキャリア⽀援の実績あり。

広島県移住メディアHIROBIROインタビュー記事はこちら
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