【読書コラム】役者や歌手は歴史に名前が残らないけれど、太宰治をはじめ、小説家は永遠なんだなぁと永井荷風『墨東奇譚』で有名な玉の井についての本で気づかされた - 『玉の井という街があった』前田豊(著)
今月、永井荷風についての講座をやるので、ずっと永井荷風の作品とその関連書を読み続けている。その中でも『墨東奇譚』はとりわけ面白い。小説自体が傑作なのはもちろんのこと、舞台となった玉の井という場所があまりにも特別過ぎるのだ。
玉の井はいわゆる私娼街。公娼制度が存在した戦前において、そのメッカであった吉原遊郭があった浅草に対し、隅田川を渡った東向島にラビリンスみたく広がったエリアのことである。だからこそ、そこで経験した奇妙な出来事として、永井荷風は『墨東奇譚』とタイトルをつけている。美しい文章で煙に巻いているけれど、なんてことはない、『墨東奇譚』は戦前版クレイジージャーニーなのだ。そりゃ、面白いに決まっている。
もともと私娼街は浅草に形成されたという。明治の頃、浅草に凌雲閣と呼ばれる12階の建物が建てられ、日本初のエレベーター設置で話題のスポットとなった。当時は12階で超高層ビルだったから観光客が殺到。その人たちを相手に様々な商売が展開され、飲み屋のフリをして売春を斡旋する銘酒屋がたくさん作られたという。
治安の悪化から警察は区画整理で売春業者の追い出しにかかった。各自抵抗するも、その後、関東大震災が発生。銘酒屋は甚大なダメージを受け、これ以上はこの場所で商売ができなくなってしまう。
ただ、そうは言われても、いきなりカタギの仕事で食っていけるはずはない。どこか別の場所で商売を再開させようと探していたとき、江戸時代、夜鷹のスポットだった東向島エリアがちょうどいいということで大量移動が行われ、玉の井という街は形成された。
それから東京大空襲で焼失したというから、1923年から1945年までの短い期間しかなかった幻のような場所である。永井荷風が『墨東奇譚』を発表したのは1936-37年なので、この幻めいたタイトルには先見の明があったと驚かされる。後の未来でかの作品を読むとき、わたしたちは玉の井を100%想像の世界としてしか味わうことができないのだもの。
ゆえに人々は玉の井に魅了されてきた。日本中に私娼街は山とあったはずなのに、玉の井だけはたくさんの本が出版されている。そのいずれも永井荷風『墨東奇譚』に関連したもので、執筆者はみな、あの雰囲気にノスタルジーを覚えたり、憧れを抱いたり、心を動かされている。
その中でも前田豊『玉の井という街があった』という本はちょっと特殊で、1912年に生まれ、20代のうちは役者として玉の井で遊び、その後、ライター稼業として玉の井を取材した著者が1986年、74歳で発表した回想録になっている。
無論、女遊びをしていた男の視点だなぁと思われる箇所はあるものの、概して、売春について「恋などという精神的なものではなく、一種の排泄に近い行為といえたかもしれない。男性が女性を排泄の対象に選ぶなど、ずいぶん女性を愚弄した行動に取れるが」と記載するなど、反省の念が通奏低音として流れていた。そして、そのような視点から玉の井を懐かしむとき、ある種のヒューマニズムが浮かび上がってくる。
笑ってしまうのは時効とばかり、玉の井で遊んでいた有名人を実名でバンバン書いているところ。本人が目撃したことのある人もいれば、働いている女性たちから教えてもらった人もいて、74歳の思い出話は容赦ない。
ただ、著者がここぞとばかりに暴露している役者や歌手の名前をわたしは全然知らなかった。唯一、わかったのは千田是也とエノケンぐらい。これにしたって33歳のわたしがよく知っているねというレベルだと思う。してみれば、役者や歌手というのは時代の徒花。忘れられていくものなんだなぁと自分が認識できていないことを通して強く実感させられた。
対して、永井荷風をはじめ、玉の井とゆかりのある小説家たちの名前は永遠である。例えば、エノケンの劇作家・菊谷栄が娼家を仕事場にしていたというのだが、その青森中学の後輩でアシスタントをしていたチスマ君の正体が明かされたときは胸がときめいた。
作家として有名になる前、女給と自殺を図り、相手だけが死んでしまったことから自殺幇助の疑いで逮捕されるも、実兄になんとかしてもらった頃のこと。大いに落ち込みながら、太宰治が私娼街で下積み仕事をしていただなんて!
さぞやカッコよかったに違いない。
他にも、警察から逃げる怪しいレインコートの男が玉の井にやってきたと思ったら、その正体は小林多喜二だったとか、「おはぐろどぶ」と呼ばれた玉の井の側溝からバラバラ殺人の死体が見つかったとき、江戸川乱歩が犯人に疑われたとか、小説家をめぐるエピソードにはワクワクさせられた。ちなみに容疑者となった乱歩は新聞などで推理を披露し、現実の事件をエンタメ化する不謹慎YouTuberの先駆けみたいなことをやっていたらしい。
さて、こんな風に玉の井と小説家のつながりには大いに興奮させられたわけだが、単にわたしが本好きなので、小説家に詳しいということもあるのかもしれない。また三船敏郎や美空ひばりレベルになれば歴史に残るかもしれない。ただ、それにしても役者や歌手と比べて、小説家の息は長く、現在と地続きになっている気がする。
それぞれの作品を好きになり、作家自身のことも好きになってしまうので、当然会ったこともなければ、映像などで動く姿も喋っている声も聞いたことないというのに、太宰治も小林多喜二も江戸川乱歩も、永井荷風も失われた玉の井の中でいまも遊んでいるように感じられる。
きっと、そうやって失われた時を求める行為が小説を書くということであり、小説を読むということなのだろう。
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