「配慮してほしければ言ってきて」に本音を言えなかった私
7.5年、障がい者雇用支援の現場に立ってきた。
6.5年は企業在籍型ジョブコーチとして、47名以上の方の就労を、隣で支えてきた。
「配慮」という言葉を、何百回、何千回と使ってきたと思う。
本人に代わって職場に伝え、上司に代わって本人に伝え、その間に立って、両方が納得できる着地点を探してきた。
だから正直、自分では分かっているつもりだった。
配慮とはどういうもので、当事者が何を感じ、組織が何を恐れているか。
支援していた頃の熱量が、足りなかったわけじゃない。あの頃も、今と同じだけの本気で、隣に立ってきたつもりだ。
見えていたものも、実は変わっていない。当事者が何を感じ、何に傷つくか、私はちゃんと見てきたはずだった。
ただ、自分自身が障がい者雇用枠で当事者として働く側に回って、初めて分かったことがある。
「分かっている」ことと、それを自分の身ひとつで引き受けることは、まったく別だということだ。
「配慮してほしければ言って」の裏側にあるもの
先日、職場で言われた言葉がある。
「配慮してほしいことがあれば、その都度言ってきてくれたらいい」
一見、まっとうな対応に聞こえる。悪意もないのだと思う。
でもこの言葉を受け取った瞬間、頭に浮かんだのは「それが言えたら、私もどれだけ楽か」という、静かなため息だった。
同時に、こうも思った。きっとこの会社は、まだ障がい者雇用に慣れていないんだろうな、と。
「言ってくれたら対応します」という言葉は、決して冷たさから出たものじゃない。ただ、それを言うまでにどれだけのハードルがあるか、まだ知らないだけなんだと思う。
支援する側にいた時、私はこのハードルの重さを、何度も見てきたはずだった。
「言えば対応します」は、当事者にとっては「言うこと自体」がひとつの大きな壁になる。
言ったらどう思われるか、その不安を抱えながら「言うかどうか」を判断するコストは、想像以上に大きい。
このコストを、当事者だけに払わせ続けるのではなく、企業側からも歩み寄る姿勢があれば、少しずつ変わっていくものだとも思う。実際、私自身も、支援する側だった頃はその歩み寄りを大切にしてきたつもりだ。
腫れ物扱いされたいわけじゃない
一方で、私が本当に苦しかったのは、配慮が足りないことだけではなかった。
「だいぶ気を使って接してますよ」
そう言われた時、もっと複雑な感情が湧いた。
気を使われている。でもそれは、対等な関係の中での気遣いというより、「腫れ物」に対する距離の取り方に近いものだった。
配慮がなければ困る。
でも過剰に気を使われると、今度は「対等に扱われていない」という別の孤独が生まれる。
このふたつは、まったく逆のことのようでいて、実は根っこが同じだと思う。
どちらも、当事者を「普通の対話の相手」として見ていない、という点で。
私が欲しかったのは、腫れ物扱いでも、放置でもない。
必要な時に必要な配慮があり、それ以外は普通に、対等に接してもらえること。
それだけだった。
申告制の配慮が、当事者に背負わせているもの
ジョブコーチとして現場を見てきた立場から言うと、「配慮は申告制」という設計そのものに、構造的な無理があると思う。
もちろん、配慮は本人からの開示なしには成り立たない部分もある。どれだけ経験のあるジョブコーチであっても、本人が何に困っているかを話してくれなければ、何に配慮すればいいのか分からない。それは今も変わらず、そうだと思う。
そしてその開示は、企業だけに委ねられるものでもない。自分が何に困り、何があれば働きやすくなるのか——それを自分自身がどれだけ理解できているかも、大切な準備のひとつだ。ジョブコーチとして支援してきた頃、私は当事者の方たちと一緒に、その理解を少しずつ整理する時間を大事にしてきた。
ただ、自分の状態を理解していたとしても、それを言語化し、タイミングを判断し、相手の反応というリスクを引き受ける——そこにはまだいくつもの壁がある。
そしてその手前に、もうひとつ壁がある。
「この人になら言っても大丈夫」と思えるまでの関係を、作る時間だ。
言えばわかってもらえることは、私も知っている。でもその「言える」状態は、一朝一夕にはできない。信頼が積み重なって、ようやく言葉にできる。
これを、当事者一人に毎回やらせているのが、「言ってくれれば対応します」という体制の実態だ。
本来、配慮は「申告を待つもの」ではなく、「定期的に確認し、仕組みとして用意しておくもの」であるはずだ。
そうでなければ、当事者は「言わない方が楽」という選択を、静かに重ねていくことになる。
それは決して、当事者がわがままだからでも、甘えているからでもない。
もし今、同じように感じている人がいたら
もし今、同じように「言えばいいのに、なぜ言えないんだろう」と自分を責めている人がいたら。
私も、簡単には言えなかった。分かっているつもりで現場に立っていたのに、いざ自分の番になったら、言葉が出てこなかった。
言わなければ伝わらないことは、頭では分かっている。でも「言う」という行為を難しくしているのは、今の状況だけじゃない。これまで積み重ねてきた経験が、その一歩を重くしている。
支援する側にいた頃、私は誰よりもこの構造を分かっていたはずだった。「言葉」では知っていたのに、いざ自分がその場に立った時、一番言えなかったのは私自身だった。
