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支援でも子育てでも、「奪わない」ことにこだわってきた私の話

先日、ある方の記事を読んだ。

新人が失敗しかけている場面で、思わず手を出しかけたけれど、ぐっとこらえて見守った―そんな内容だった。読み終えて、私はふと考え込んでしまった。

「手を出しかけて、こらえる」その前に、もっとやれることがあったんじゃないか、と。


「奪う」という選択肢がそもそも浮かばない

私は6年半、企業に常駐しながらジョブコーチとして働いてきた。47人以上の障がいのある方の業務を支援する中で、いつも意識していたのは「奪わない」ことだった。

正確に言うと、「奪いたくなる衝動をこらえる」のとも少し違う。

うまくいっていない場面を見たとき、私の頭の中に最初に浮かぶのは「代わりにやってあげよう」ではなく、「どう伝えたら、この人が自分の力でできるようになるだろう」だった。


バーコードがうまく読み込めなかったAさんの話

軽度の知的障がいのあるAさんは、スキャンする仕事でバーコードの読み込みに苦戦していた。何度スキャンしても読み込まれず、作業のペースが落ちてしまう。自分にできるのか、Aさんが不安そうにしているのが分かった。

私はまず、言葉で伝えてみた。それでも、口頭の説明だけでは、なかなか感覚がつかめない様子だった。

言葉だけでは難しいと分かった時点で、私は自分の手元でやって見せた。実際にスキャンする様子を目の前で見てもらう。そして、

「やってみて」

と声をかけた。

Aさんは何度か試しながら、少しずつコツをつかんでいった。そして数週間後、Aさんはメンバーの中で一番スキャンが早い人になっていた。

「代わりにやる」は、一番簡単で、一番何も残らない

もし私があのとき、Aさんの代わりにスキャンをしていたら。その場はスムーズに回ったかもしれない。でも、Aさんの中には何も残らなかったはずだ。

「奪わない」というのは、我慢比べではない。相手が自分の力でできるようになる道筋を、最初から探しにいくということだ。

口頭で伝えて、難しければ見本を見せて、そして最後は「やってみて」と背中を押す。それだけのことだけれど、これを繰り返してきたことが、定着率95.7%という結果につながっているのだと思う。


子育てでも、同じことをしてきた

この向き合い方は、仕事の中だけで身につけたものではない。

わが子が幼く、まだ文字が読めなかった頃は、その日の予定を写真で大きくホワイトボードに貼っていた。夜になると、次の日の予定の写真に貼り替える。1日ずつ、分かりやすく。

成長するにつれて、予定の見せ方も少しずつ変えていった。文字が読めるようになってからは、写真に文字を添えるようにした。

たとえば学校の教室の写真の横に、「①8時に学校へ行く」「②16時から療育センター」というふうに。

口で「次はこれをやってね」と伝えるだけでは、うまく行動に移せないことがあった。だから、見て分かる形にして、あとは子ども自身が、ホワイトボードを見ながら自分の力で動けるようにした。

私が毎回声をかけて動かすのではなく、子どもが自分で見て、自分で考えて、自分で動く。それが、私が行き着いた、わが子の育て方だった。

言葉で伝える。難しければ、見て分かる形にする。そして自分の力で動けるように、手を離す。

支援の現場でも、家庭の中でも、私がやってきたことは、結局同じ一つのことだった。


誰かを育てるということ

「育てる」というと、何か特別なスキルや理論が必要な気がしてしまう。でも私がやってきたのは、ただ「奪わない」という、たった一つの姿勢を繰り返してきただけだ。

それは、47人の支援先でも、わが子との日々でも、変わらなかった。


この「奪わない支援」の具体的な技術―どんな場面で口頭説明にとどめ、どんな場面で見本を見せるべきか、その見極め方については、Brainの専門知見トラックでもう少し詳しく書いています。

興味のある方はそちらもぜひ。

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