シニア夫婦の台所事情:新婚当時初めての喧嘩
生活力ゼロからのスタート
40年前のこと。新婚旅行から帰ってきた夜、初めて喧嘩した。
理由は、夫が旅行前にアパートを出る際、すべてのブレーカーを落としたから。
新婚旅行で5日間留守にしていた。
3月の終わりとはいえ、冷蔵庫に入っているものは、もうアウト。
良かれと思ったんだろう。
❌だよ。
この生活センスゼロの男を
わしが育てた!
と言いたいところだけど。
40年かけて、わたしが1年の4割くらい実家に帰省しても、特に困らない夫になった。
むしろ、早く婆さんのところへ行けくらいに思われている。
夫を育てる義務は無いよ
よく、子育て中に夫も育てろなんていう言葉がある。
夫は子どもではないはずなのに。
実際に、初めての子育てが始まる。
忙しく余裕なんかゼロの時に、大きな子ども(夫)を育てる余裕なんかない。
なぜ妻だけが、みんなの母親にならざるを得ないのか。
もっと察して動け。
諦めの境地
そのうち、夫に期待すると、ものすごくがっかりするということに気づいた。
あきらめた。
気が楽になった。
身体はきつくなった。
でも元来わたしの身体は、とても丈夫にできていた。
限界が来た
そんなわたしにも限界が来た。
3人目が生まれた。
一人目:4歳10ヶ月
二人目:1歳7ヶ月
そして、3人目。
これが、3人目にして初めて経験する、とんでもなく育てにくい赤ちゃんだった。
一番上は幼稚園年中。寝る時間、起きる時間が決まっている。(だいたい)
そこに年がら年中泣いてる赤ん坊が加わった。
生活習慣なんて、あったもんじゃない。
赤ん坊の係
大変育てにくい赤ん坊は、夫の腕に収まった。
育児が妻の手伝いではなくなった。
赤ん坊は夫の係。
おっぱい以外は、夫。
仕事から帰ってくる夫を待ちわびるなんて、何年ぶりか。
夫が帰ってこないと、上2人を寝かせるのも困難になっていた。
わたしには、この赤ん坊はかわいいと思えなくなっていた。
赤ん坊には、罪はないのに。
夫の育児
夫が腕の中で、
「かわいいね。」
「◯◯ちゃんは、本当にかわいいね。」
と、つぶやき、ささやき、あやしていた。
夫にしても、二人目までは何かすれば、
「そうじゃなくて、もっとこういう風にやって。」
と、わたしに言われる。
でももうその頃、わたしはそんなことをいちいち言う余裕もなくなっていた。
夫の好きなように、でも責任をもって世話をする、初めての赤ん坊。
大変だっただろう。
でっかい声で泣くのが仕事のような赤ん坊なのだから。
でも、他に誰もいない。
俺のターン キター!
夫は、あの大変な赤ん坊をそれはそれは可愛がった。
夫が「かわいいね」と言い続けて1年。 あの仏頂面だった末っ子の表情が、少しずつ柔らかくなっていった。
それから9ヶ月、真ん中の子が幼稚園に通い始め、家には末っ子だけになった。
泣き声の渦の中で見えなかったものが、ようやく見えるようになった。
この子は、こんなにかわいい子だったんだ── そう気づいたのは、夫の「かわいいね」が1年9ヶ月積み重なった後だった。
もっと早くから夫に任せれば良かった。
自分がバカだったんだね。
あてにするのも面倒で、心が折れないように、無駄な期待をしないことを選んだ。
子どもが生まれてから、何も考えずにただ布団でぐっすりと眠るなんて、10年は無かった。
ただ、子どもが大きくなったら、悩む種類が変わっていく。
余計に面倒な方向に。もうここには書けないくらい。
そう思えば、あの小さな子どもたちを世話してた頃が、たぶん一番幸せだった。
ただ、自分がくたびれていただけのこと。
台所の話に戻る
台所の話をするはずが、子育ての話になってしまった。
夫がしっかり自分で台所の管理を始めたのは、単身赴任の時から。
震災が絡むので、あまり詳しくは書けないが。
ちょうど、その大変な赤ん坊だった一番下の子が高校を卒業するタイミングで、今住んでいる神奈川の中古の家を買ったのだ。
そして大学は、そこから通わせようともくろんだ。
リフォームをしていたタイミングで震災が起きた。
まあいろいろ大変なことが起きた。
2番目、3番目の子どもと、わたしは、予定より一月遅れで神奈川に引っ越した。
荷物の大半は、わたしたちが持って出た。
ガラーンとした家。最低限の生活必需品、家電。
その中で、ひとり茨城に残った夫。
そこから夫のひとり暮らしが始まった。
その後、6年単身赴任が続いた。
その間、自分で毎日弁当も作るようになっていた。
いろいろあったけれど、今わたしが長期で実家に帰っても、家の中が回るのは夫のおかげだ。
単身赴任で鍛えられた台所の管理、毎日三食全て手作り、ゴミ出し、掃除、洗濯。
感謝しているが、正直に言えば、少しだけ嫉妬もしている。
自分の役割がずいぶん軽くなったから。
冷蔵庫も変わった
新婚旅行から帰ったら、真っ暗な部屋と、電源の落ちた冷蔵庫。
ブレーカーを上げる夫の顔を恨めしそうに見てた自分。
なんだ、これ?
から始まった2人の暮らし。
あの時の冷蔵庫は、わたしの独身時代に使っていた、赤い小さな2ドア冷蔵庫だった。
あれから、40年。
今、自宅の台所には、2台の冷蔵庫が並んでいる。
1台は、夫の単身生活を支えたシャープの2ドア。半分は引き出し式の冷凍庫。
わたしと子どもが神奈川に引っ越すときに置いてきた冷蔵庫。 それが突然壊れた。
会社帰りの夫が家電量販店に駆け込んで買ってきたのが、このシャープの2ドアだ。
展示品しかないけど、すぐ運べると聞いて即決したとか。それからたぶん10年以上、展示品は今でも元気だ。
もう1台は、震災後神奈川に引っ越したわたしと子どもたちのために買った、日立の3ドア。これも、もう15年経った。
どっちか壊れても、また同じように1台ずつ買うだろう。
ふたりしかいないのに、2台。
ケチな夫婦には贅沢だが、とても都合が良いのだ。お互い、自分の冷蔵庫を管理すれば良いから。
中は自由だ。
23歳になったばかりだった、若すぎたわたしへ
あの日から、どうにか40年続いたよ。
今では、夫も半分主夫だよ。
わたしは、反対にだいぶ楽になって、半分だけの主婦になった。
あの日、がっかりした自分に言いたい。
待てば海路の日和あり。
あなたの選んだ人は、たまに憎たらしいけど、人間としてとても尊敬できる人になったよ。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
はげみになります。