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雑感「欠如を感じるから頑張れる」

何かが足りないという感覚は、心をとても窮屈にしますよね。たとえば、お金が足りない、才能が足りない、時間が足りない、自信が足りない、、など。

多くの人は欠如を埋めるべき穴として扱い、穴のない状態こそが幸福だと思い込んでしまいますが、本当にそうでしょうか。

仮に何ひとつ欠けていない人間を想像してほしいのですが、欲しいものはすべて手元にあり、なりたい自分にすでになっていて、問題はすべて答えを得ているとすると、その人はどうなるでしょうか。

きっとその人は退屈で、無気力で、何に対しても幸せを感じないでしょう。満たされた状態とは、実は行き先を失った状態でもあるのだと思います。完全な充足の中では、何かに向かうこと自体が意味のないものになります。

視点を変えると、欠如とは目的の裏返しだと思います。たとえば「作家になりたい」という目的は、まだ作家でないという欠如から生まれる。「誰かの役に立ちたい」という目的は、今の自分では届いていない、という欠如から生まれる。

だから、欠如を感じたときに最初にすべきなのは、その欠如が指し示す方角を正しく読むことだと思います。欠如から感じる苦しさは、羅針盤の針が震えているのと同じで、「こちらに大事なものがある」という信号です。語学力のなさが悔しいのは、伝えたい相手がいるから。孤独が辛いのは、誰かとつながりを求めているから。

まとめると、何も求めていない領域では人は欠如を感じることすらできないですし、逆に欠如を辛く感じるということはそこに願いがあるということだと思います。

思えば人生の面白さの大半はまだ手に入ってないものなので、欠如を燃料にして大いに楽しんでみてはどうでしょうか。


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