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〈木曜日のひとりごと〉ゴロ~飼い猫の思い出

 昔、私の家では猫を一匹飼っていた。私が小学校に入る頃から中学生になるまでいたはずだ。
 白に茶色の毛が交じったオス猫で、名前をゴロといった。(※上の写真は、最近撮った猫写真の中から、似た感じのものを使いました)
 
 名前の由来は「五郎」のゴロではなく、猫は喉をゴロゴロ鳴らすからゴロというわけだ。その猫は祖母がどこからか貰ってきたのだが、名前を付けたのは私だった。 

 私の記憶に残っているのは、天気のいい日、いつも縁側で寝そべっていた姿だ。あまり活動的な猫ではなかった。喉をゴロゴロではなくて、いつもゴロゴロしているという意味で、名が体を表すことになったのである。
 あまり人懐っこかった印象はないが、私が小学校の夏休みの宿題に、ゴロの寝ている姿を水彩で写生した絵が残っているので、その時は気を遣って動かずにいてくれたのかもしれない。

 普段はそんなふうにのんびりした猫なのだが、オス猫だけあって、時期によっては外に遊びに行くことがある。
 ゴロは喧嘩がひどく弱い猫だった。なんとも情けない奴である。ゴロが家にいないと思ったら、庭先のあたりで、ギャオギャオというような声が聞こえる。その後、床下をドタドタと駆け回る音が聞こえたかと思うと、ゴロが情けない顔でしょんぼりと戻ってくる。
 顔に傷が付いていることもあり、一目で喧嘩に負けたことが分かる。

 ある時は、家の中まで追いかけられてきて、うちの座敷に近所の大きな猫が乱入してきた。その時は、額がざっくりと切れ、血が流れていた。
 あまりに傷が深かったので、「あんたはほんまにあかんたれの猫やなあ」などとぼやきながら、祖母が赤チンを塗ってやっていた。
 そのときの傷跡は、しばらくゴロの額に残っていた。

 猫の年齢を人間に当てはめると、どのくらいになるか分からないが、私が中学校に上がる頃から、ゴロも年老いてきたのか、あまり外を出歩かなくなり、冬場はいつも火鉢の縁に寝そべって暖をとっていた。
 ある時、寝ぼけていたのか、火鉢の縁から畳の上に滑り落ちて転がったのには笑った。とにかくダメ猫だが、どこか憎めないところがあった。

 犬や猫は、飼い主の前に死んでいる姿をさらすのを嫌うというが、ゴロもそうだった。
 ある日姿が見えなくなったので、ひょっとしたらと思っていた。いなくなってから一週間ほどして、床下をのぞいたら、奥の方に白っぽい塊が見えるので、もぐって見ると、死んで硬くなっていた。

 引っ張り出して、裏庭に深く穴を掘って埋めた。当時はまだ、愛犬や愛猫を火葬するというのは一般的ではなく、たいてい庭先に埋めていたように思う。
 目印となるような木の棒を立てて、魚の頭くらいは供えてやった記憶があるが定かではない。何しろ50年も昔の話なのだ。

 最近になって、ゴロは、死期を悟って床下に潜っていく時、どんな気持ちだったろうかと思うことがある。


 木曜日は、昔の思い出、読書・創作の話、最近思うことなど、何やかやと、雑記的に、好き勝手なことを書きます。何もないときはお休みします。気が向いたらお立ち寄りください。


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