喪失を感じたあの日。
心地の良い三谷泰弘さんの歌声を聴きながら、ふと昔の思い出が蘇った。悲しくて、寂しくて、でもどうしようもない気持ちになったのを、今でも鮮明に思い返す。
それは、三谷さんがスタレビ(スターダストレビュー)を脱退して数年経過した頃、たまたまその『三谷さんが抜けた』スタレビのコンサートに行った時の事。
もちろん、コンサートは最高に楽しくて、笑ったり心の中で一緒に歌ったりして、充分楽しんでいた。そう思っていた。
けれど、ふと、オリジナル(CD音源)では流れてくるはずのコーラスが無い事に気づいた。…そう、気づいてしまった。
…ダメだ、やっぱり、私には、ここでこう歌ってくれる三谷さんの声が、必要なんだ…。
胸が、苦しくて堪らなくなって、曲の途中なのに、私は自席を急ぎ足で離れ、トイレに駆け込んだ。
…悲しくて、寂しくて、受け入れなければいけないこの状況を受け止められない自分が嫌で、涙が溢れ、止まらなくなり、必死で嗚咽を堪えた。
ステージに三谷さんがいない。
スピーカーから三谷さんの声が流れない。
…欲しいものをねだる子供のような行動だと思う。でも、私の中で、三谷さんの歌声は、なくてはならないものになっているからこそ、その悲しさと寂しさが強く強く、それまで笑って我慢していたのに、限界を迎えてしまった。そんな瞬間だった。
どの曲だったかも、どのコンサートだったかもあやふやになっているが、その時に感じた欠落感だけは今でも残っている。
その後私は、高校入学のタイミングで入会したスタレビのFCを抜け、スタレビと距離を置くことになってしまった。
当時、三谷さんはひとり【esq】として活動をしており、【スタレビ】と【esq】のどちらも応援しているつもりだった。それが、少し無理のある応援だったのかもしれない。
まだ若かったから、とも言える。でも、あの時は涙を堪えられなかった。
時は長らく経った。
【esq】としての三谷さんは、2005年に30年を迎えた。
当時20歳そこそこの私は、三谷さんの脱退をかなり無理やり納得させていた。仕方ないよね、三谷さんなら。そう、強がっていた。その強がりが悲しみを増幅させてしまった。
けれど、今はもう違う。
スタレビも、あれからたくさんのタイアップを受けたり、なんなら『木蘭の涙』は様々なアーティストにカバーされる程になり、有名なライブバンドへと更に大きくなった。
また三谷さんも、今では山下達郎・竹内まりや夫妻のライブサポートをしながら自作曲をリリースし続けて全国を忙しく駆けめぐるようになった。
またきっと、スタレビの音楽も、三谷さんの音楽と同じように楽しめるようになるだろう。
彼らには、いつまでも元気に活躍し続けてもらいたい。これからも、ずっと!
