舞台へ送り出す側ができること。
本番を直前に控えた人に、何と声をかければいいのでしょうか。
「大丈夫。」
「いつも通りに。」
「楽しんできて。」
「落ち着いて。」
応援したい気持ちがあるほど、何か言葉をかけたくなるものです。
けれど、自分が演奏する側だったらどうでしょう。
舞台袖で出番を待っているとき。
心臓はいつもより速く動き、頭の中にはこれから演奏する曲のことがあります。
そんなときに何かを言われても、正直なところ、あまり頭に入ってこないことがあります。
「いつも通り」と言われても、本番はいつもとは違います。
「楽しんで」と言われても、楽しもうと思っただけで緊張がなくなるわけではありません。
本番へ送り出す直前には、あまり多くのことを言わなくてもいいのではないかと私は思っています。
無言で肩をポンと叩く。
それくらいで十分なのかもしれません。
伝えるべきことは、それまでのレッスンで伝えてきました。
音のこと。
技術のこと。
音楽のこと。
何度も一緒に考え、何度も練習して、少しずつ積み重ねてきました。
本番直前になって、さらに何かを付け加えようとしなくてもいい。
ここから先は、本人が自分の力でステージへ向かう時間です。
考えてみれば、人を支えるということは、いつも言葉を与えることではないのかもしれません。
大切な人が何かに挑戦しようとしていると、心配だからこそ、つい何かをしてあげたくなります。
アドバイスをしたり、励ましたり、安心させようとしたり。
もちろん、それが力になることもあります。
けれど、ときには言葉を足さず、ただ相手を信じることも、一つの支え方なのだと思います。
「ここまでやってきたことを知っています。」
その気持ちがあれば、必ずしもすべてを言葉にする必要はありません。
無言で肩をポンと叩いて、あとは任せる。
送り出す側に最後にできることは、何かを伝えることではなく、その人が積み重ねてきたものを信じることなのかもしれません。
