見出し画像

大ゴッホ展 あきらめない不器用の輝き

大ゴッホ展を見に行った。
ゴッホは好きなのだが、ちょっと見ていて
胸の奥がチリチリする気持ちになる。

ゴッホは不器用なのだ。
コミュ力はないのに人と一緒にいたい。
ある意味熱心でまじめなのだがやり過ぎて引かれてしまう。
絵も一生懸命取り組んでいるのだが、
オランダ時代のものすごく暗く重い絵は
どう考えても売れないだろう。

パリに出てきて、色の使い方がうまくなった頃の
作品はもっと生きている時に評価されたら良かったのにと思う。

今回の展示は夜のカフェテラスの
写真撮影ができた。
カフェの明るさと夜の暗さの色の対比が
とても美しい。
でもこの絵はただ美しいだけではなく、
ゴッホの孤独がにじんでいるような気がする。

画面の遠くにだけ人がいる。
画家の視点の近くには誰もいない。

画面の遠くには人がいて、手前には誰もいない。
ちょっと距離のあるところから人々の楽しそうな様子を眺めている構成である。

明るいもの、美しいもの、人とのつながり、
そういうものを切望している。
でも、それらを見ることはできるけど手に入れる
ことはできない、そういう感じがする。

ゴッホの絵が人の心を惹きつけるのは、
たくさんの人の心の中に不器用だったり、
うまくいかなかったり、
望むものが手に入らなかったりする
そういう苦いゴッホ的なものがあるから
なのかもしれない。

そして、
どれだけ不器用でも
売れなくても

描き続けたそのあきらめない輝きに
魅せられるのだろう。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集